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自分たちだけ祝福されればそれでいい?

 昨日、太平洋側で大きな地震があり、被害が広範囲にわたっています。特に東北や北関東の知り合いの方の無事を祈ると共に、これ以上被害が広がらないことを祈ります。

 昨日今日とテレビでは地震の報道一色です。それはそれで必要な情報なのでいいのですが、スマトラ沖地震の際、日本への津波の報道がさかんにされていたのを思い出し、今回も太平洋上が震源地なので、きっといろいろな国の太平洋沿岸にも津波があったのではないかと心配しました。

 しかしテレビでは全くその情報がありません。M8.8という大規模ですから他の国にまったく影響が無かったとは考えにくいですから、国内で手いっぱいで各国の情報が入手できなかったのかな?…と思っていると今朝の朝刊を見るとしっかりと津波の到達範囲が世界地図で載っていました。

 一昔前の○エロー○○キーというバンドのJ○Mという曲で「乗客に日本人はいませんでした!」という風刺をした歌詞を思い出します。国内の地震の状況を中心に行うのは当たり前なのですが、国外の状況を全く報道しないというのはちょっとバランスに欠いているなぁと個人的に思わされました。

 教会の宣教の働きの中で「宣教協力」という視点があります。そのような中、「自分たちの教会の宣教がままならないで何が宣教協力なのか!」という意見もあります。しかし、油断すると「自分たちの教会が祝福されていればそれでいいではないか!」となってしまいます。もっと酷くなると「なんで他の教会の為に人的・経済的負担をしなければならないのか!」と不平すら出てきます。

 本当にそれでいいのでしょうか?私はそうは思いません。近隣教会の祝福は自分たちの教会の祝福であり、同時に自分たちの教会の祝福は近隣教会の祝福でもあります。私たちが所属している教団は国内宣教で「点から線へ、線から面へ」とよく表現されます。宣教協力をなしたかたこそできる働きがあります。初代教会時代が「自分たちの教会さえよければいいではないか!」と思っていたなら、世界中の教会の多くは存在しません。

 もちろん宣教協力が大切だからといって自分たちの教会形成をいい加減にしたら意味がありませんが、どちらかしかできないなんてことはないと私は思っています。主がその教会に与えられた器の最大限をささげつつ両方の働きをなしていくべきではないでしょうか。
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