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まず自らが…

 先日、大分で起きた小学生のひき逃げ事件の容疑者が逮捕されました。被害者も一命をとりとめ、容疑者も無事捕まったということで一安心ですが、私個人としてはものすごいひっかかる部分が一点あります(あくまでも私個人としての感想ですが)。それは「車が児童をはねるのを見た」という目撃証言です。普通に考えれば、解決の手掛かりの一つになったのでいいことなのだと思いますが、問題なのは、警察や救急に通報したのは、児童がすでに一人で倒れているのを発見した児童の父親であったということです。

「車が児童をはねるのを見た!」という人は、いったい何をやっていたの!?…と思ってしまいます。だって、現場見てるんだったら、その場で児童に駆け寄って通報すればいいいのに…一歩間違えれば、取り返しのつかないことになっていたのかもしれません。現代は物騒な世の中ですから、事件に関わりたくないという心境はわからないでもないですが、今回のようなケースで関わっていったい何の不利益があるというのでしょうか?必要性を感じたならば、まず自分が行動することが大切であることを思わされます。

 教会にはさまざまな必要がありますが、一人ですべてのことに気づくのは不可能です。しかし、だからと言って自分が気付いたのに、牧師に「先生!お願いします!」と何でもかんでも言ってしまったり、また牧師が信徒に何でもかんでも「○○さん、これもやっておいて下さい!」と押しつけることがいいことではありません。もちろんその立場によってなすべき役割というものはありますが、誰が行なってもなせる教会のニーズというものも数多くあるのではないでしょうか。

「また、みことばを実行する人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者であってはいけません。」(ヤコブの手紙1章22節)

「牧師だから…」とか「信徒だから…」というのではなく、まず気付いた自らが「ひょっとしたらこれは私にもできるのではないだろうか」と一歩踏み出すことも大切であるのです。


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☆ヤマちゃん☆

Author:☆ヤマちゃん☆
車・バイク好き牧師

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