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知らなかったでは済まされない問題

 鳥取で大きな地震がまたありましたが、こういう時に必ずと言っていいほど出てくるのがSNSのデマ投稿やデマツイート。そしてデマは興味を引くような内容にするのが殆どなので瞬く間にシェアされ拡散されていきます。今回もすでにありました。一番悪いのは発信源であるのは言うまでもありませんが、それを信じ込んで拡散させた方々はそれがデマだと発覚した時にさりげなく投稿を削除される方が多いようです。まぁ、そのままにして放置しておくのは問題外ですが…

 でも本当にそれでいいのでしょうか?私はたとえ発信源でなくとも、情報源のウラをろくにとりもせずに「ひどい!」とかいった感情だけでシェアしたりリツイートしたりした側にも責任があるのではないかと思います。熊本地震の時はデマを流した人が逮捕されました。つまりそれは犯罪行為であったという事です。であるならばその犯罪行為に加担した責任は広めた人すべての人にあるべきだと私は思います。

 「デマとは思わなかった」では通用しません。客観的に考えて不自然な点はないかとか、他にも同じ内容の情報源があるのかとか、その情報に関連する団体や企業はどう言っているのかとか、少しウラを取れば、それがもしデマであるならば大概のものは分かります。はっきりしないものは「本当かどうかわかりませんが…」という情報源の信ぴょう性に関しての前置きをしたうえで拡散するか、あるいは拡散しないかのどちらかにするべきでしょう。

 そしてもし、デマだと見抜けずシェアなどしてしまったならば、さりげなく削除するのではなく、その情報がデマであったために削除をしたということををはっきりと伝え、お詫びをする投稿をするべきだと思います。仮に削除に気づかなく(そのパータン結構多いと思います)、デマをそのまま信じ込んだままの人がいたらどうするのでしょうか。ですから発信源だけではなく、広めた側にも物事を収める責務があるのではないでしょうか。

 神の御前に犯した罪はキリストの十字架の贖いによってすべて赦されます。その罪の中にはそれが罪だとわかっていながらも犯してしまった罪と、神を知る前までは、それが罪だとわからなかったものもあるでしょう。ですが、もし、神の御前に悔い改めるならば、その罪によって生じた事柄に対しての責任を取らなければなりません。

 誰かを傷つけたならば、その人に謝罪をして関係を回復させる必要があります。「私はもう赦されているんだからもういいよね!」なんてことにはなりません。それを言ってしまえば極端な話、犯罪行為を犯しても神の御前に悔い改めれば刑罰から逃れてもいい…なんてことになってしまいます。たとえ知らずに犯した罪であっても、もしそれが罪だと分かったならば神の前に悔い改めると共にその罪によって不利益を被った人もいるのだということを覚えて誠意を尽くさなければならないのではないでしょうか。

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