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武器は必ずしも肉体的に傷つけるものとは限らない

この世界は完全ではありません。人が統治しているからです。もちろんクリスチャンが統治したからといって完全になるはずもありません。それ故、どうしても承服できず訴えかけなければならないようなことも出てきます。そしてそれもまた人の権利であるでしょう。

ただ、正しければ、納得できなければ何でもやっていいというわけではありません。先日も、車道を堂々と大勢でデモ行進しているのをテレビで見かけました。あれってちゃんと警察の許可もらってるんですかね?いや、横を普通に車が避けながら通っていってたから無許可ですよね…というより特定の政治的立場を主張するために車道を占有する許可がおりるとか到底思えません。あんな状態でも、もし車が接触したらドライバー側が悪くなっちゃうわけですからたまったもんではありません。

これだけではなく、世の中の訴えかけには暴言を吐く人々、進入禁止にしても強引に入っていく人々、すでに暗くなっているような時間なのに近隣住民のことを顧みず拡声器で大声で叫ぶ人々、もみ合いになってでも警察のバリケードを力で突破しようとする人々…法律すれすれのものから法に触れているのではないかというものまで様々です。まぁ、法にさえ触れなければ何やってもいいというものでもないでしょう。

ですが、こういった私の考えは「相手が間違ってるんだからどんな手段を使っても止めなければ!」とかいう言葉で片付けられてしまうのでしょう。果たして本当にそうでしょうか?間違っていることは何が何でも正す…この考えの行き着くところこそ戦争なのではないかと私は思います。

テロは相手の命を奪い傷つけるからダメで、マナーに反したデモは命は奪っていないからOKですか?そんなことはありません。たとえ命が奪われなくても、肉体が傷つかなくても、心を傷める人々は大勢います。それとも、その心を傷める人たちは本当のことがわかっていない無知の人々とでもいうのでしょうか?それこそ違うものを排除しようとする争いの根源ではないでしょうか。

私は異を唱えることがダメだと言いたいのではありません。剣をとってはダメだと言いながら違う種類の剣を持ち出すようなマナーに反した訴えかけはすべきではないということが言いたいのです。

主イエスが、当時イスラエルの人々を支配していたローマ帝国に対してどのような態度であったかを考えてみる必要もあるのではないでしょうか。

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