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全てを委ねることとは

来月、日産からいよいよ自動運転技術を搭載した車が発売されますね。しかも高級車とかではなくセレナというごく一般的なミニバンに搭載したところが凄いですね。



この「プロパイロット」という機構、正確には完全な自動運転ではありません。車線変更をしない高速道路限定です。しかもハンドルから10秒以上手を離しているとアラームが鳴り、それでもハンドルに触れないと自動運転がオフになる仕組みになっているようです。

それでも交通量やカーブが多い日本の高速道路においてハンドルに手を添えているだけで操舵や車間距離の調整、レーンのキープなど全てを行ってくれるわけですから、ドライバーの負担は大幅に軽減されますよね。「なんか不安だなぁ…」と思っちゃう人は、そもそもそんな機能のついた車は買わないでしょう。

たぶん技術的にはハンドルに一切手を添えないでも制御可能なのだと思いますが、これは運転"支援"システムであって、運転の責任はあくまでもドライバーにあるというメーカー側のスタンスなんだと思います。法的問題もあるのでしょうが…


信仰生活において神はいつも私たちと共にいてくださり、導いてくださるお方です。ですから全面的に信頼していくべきなのですが、だからといって何もしなくてもいいということではありません。罪を犯せば、当然、責任は本人が問われることになります。「導いた神が悪いんだ!」とは決してなりません。

神の働きは100%、同時に私たちの努力も100%であるのです。
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車・バイク好き牧師

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