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キリスト教と政治

 久しぶりにブログを再開させていただきたいと思います。

 一年ぶりぐらいなのですが、何の話題がいいのかと考えましたが、現在は参議院選挙の真っ最中ですので、少しキリスト教と政治について記させていただきたいと思います。キリスト教と政治についてと言っても、私は常日頃から言っていることなのですが、ここで私がどの政党を支持せよとかするなとか言うつもりは毛頭ありませんし、私自身の支持する政治立場を語るつもりもありません。

 近年、キリスト教界は安保法案成立にともない、各教団や教会、そして個人のクリスチャンが反対を訴えています。そしてそれは選挙期間に入っても変わりありません。SNSで拡散される記事もあれば教団内の発行物でその危険性を訴える記事、さらには牧師が講壇の上から特定の政党を批判するなんてことも少なくないでしょう。それはそれでひとつの立場であると思います。ですが、私が危惧しているのは、そうではない立場のクリスチャンがまるで反キリストのような雰囲気になってしまわないかということです(実際、そうなりかけている)。
※私はここでかの政党を支持しているなんてことは一言も記していないので誤解のないように。

 例えば、かの政党に投票するべきではないと私が礼拝で信徒の皆さんに訴えたとしましょう(直接そう言わなくとも、その政党を批判したうえで選挙の話題をすれば同じことであると私は考えます)。そして私がいる新潟の選挙区は候補者がわずか3名(同様の選挙区は結構あります)。一人がかの政党で、もう一人が全く違う宗教を支持母体とする政党で信仰的良心から投票は難しいという人は多いでしょう。そうするともう選択肢は一人しか残されておらず、牧師の考えに従うのであれば、その残りの一人に投票するか、白票を投じるかしかありません。もちろん、そんなことが許されるかずはありませんが、現実はそうなってしまていることはないとは言えません。これは信仰的決断に従って投票するという自由を奪う行為です。

 「別にその政党に投票しちゃいけないなんて言ってない」と言ったところで、空気がそうなっていると何も言えなくなってしまいます。「今はそんなこと言ってられないんだ!とにかく3/2を阻止しないと!これは将来的に信仰の根本に関わる問題になる!」…実際、私はそんな意見を直接聞いたことがあります。でも、そんなことをして一方的に意見の賛同を求める行為は、福音を信じることのできない人に「福音はいのちの問題だ!だからとにかく信じてもらわないと!」と言って強引に信仰を押し付けることと同じではないでしょうか。

 そもそもかの政党を支持することを反聖書的と一方的に捉えることは危険ではないでしょうか。かの政党の政策に反対しながらもその政党を支持しつつ「誤った方向にいかないように、あるいは考えを改めるように私は祈り続ける」という決断をした人がいたならば、それを反聖書的と言えますか?実際、そういうクリスチャンはいると思いますよ。「最終的には投票は個人の自由だからあくまでこれは参考意見として皆に言うだけだ」と言うかもしれません。ですが、牧師という立場の者が皆の前で言うからにはただ単に参考意見とはなかなかならないものです。

 私は個人としての立場はあります。ですがあくまでもそれはみことばによって訴えかけ、あとはそれを聞いた方々が各々の信仰的判断で決断するほかないんじゃないかと私は思うのです。もちろん、群れ全体が皆の理解の上で特定の政治的立場を表明していくことは問題はないと思います。でもそのプロセスの中で賛同できないという人が群れから離れる場合があることを覚悟すべきであると思います。
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Author:☆ヤマちゃん☆
車・バイク好き牧師

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