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「基礎」と「実際」

 そろそろ春ですね。故郷長野では4月に入るまでは車はノーマルタイヤに戻しませんが、この新潟県では迷うところです。市内はおそらくもうノーマルタイヤで問題ありません。しかし、来週は静岡に、その次の週は長野に(妻がですが)いくのでどうしても県境を通らなければなりません。本当はスタッドレスタイヤは今シーズン買ったばかりだったので、あまり長距離の高速道路を走りたくはありません。新品スタッドレスは柔らかいので高速走行ではブロックが傷みやすいのです。まぁ、チェーン規制かかったり、朝晩の走行時の凍結が怖いので仕方がありません。

 春と言えばいよいよバイクシーズン到来です。冬は本当にたまにしか乗れませんが、いつでも乗れるということは嬉しいものです。私は昔からバイクが好きで、高校生時代に今でいうところの普通二輪免許(400cc以下のバイクが乗れる免許です)を取りました。高校卒業後の何年かはバイクに乗っていましたが、その後しばらく乗っていませんでした。その間15年ぐらいでしょうか。再び乗り始めたのは、家族がいると移動手段がどうしても一つだと不便だという理由でした。しかし乗り始めるとバイク熱が再燃して、憧れの大型バイクに乗りたくなって2年半ほど前に大型二輪免許を取得して今に至っています。

 何故、憧れだったかというとただ単に大型バイクの値段が高いということではなく、昔は免許取得そのものが難関でした。何せ自動車学校の教習項目に大型二輪はなく、免許センターの技能試験に合格するしかなかったのです。当時の合格率は10%にも満たなかったようです。2、3回落ちるのは当たり前で、10回以上落ちるのも珍しくなかったようです。だから大型ライダーは乗っているバイクが凄いということもありますが、それ以上に「あの難関を突破したつわもの」という意味での憧れの存在でした。自動車学校での実技免除がないというのは実に理不尽な制度なのですが、これも昔の○走族や事故対策のいき過ぎた対策の一つでしょう。

 しかし私がバイクに乗り始めたことは高嶺の花であった大型二輪免許が、いつのまにか教習所で取れるようになっています。確か私が一時期バイクに乗らなくなった直後ぐらいからだったと思いますが、とてもありがたい制度の見直しです。この制度の見直しで大型ライダーは飛躍的に増えました。当然、迷うことなく私は教習所コースです。一発試験にこだわる方々は、こういった動きを「免許をお金で買ったやつら」と非難したりします。それを言ったら「あなた方は4輪免許も一発試験で取ったのですか?」と言いたくなってしまいます。それにある程度の教習時間をこなしていく中で基本動作を覚えることは有益であると私は思います。

 大型二輪の教習は、ほとんどの教習所が750ccを使用します。一部、人気取りのためにハーレーの883ccを使用したりしているところもありますが、「憧れのハーレーに乗りたいんだったら、教習ではなく免許を取ってから自分のバイクとして乗った方が感動がある!」とあるバイク好き芸人が言っていましたが、私もその意見に賛成です。まぁ、それはいいのですが…今日のお話は、教習所で教えてもらう運転の仕方と、実際の公道での適切な運転の仕方とは必ずしも同じではないというお話しです。これは4輪もそうだと思いますが、おそらく、この矛盾は指導教官も認識した上で教えていると思います。

 たとえばブレーキです。教習所でフロントブレーキは「四本指でかけなさい」と教わりますが、実際に四本指なんかで急ブレーキをかけたら、昔のバイクならともかく、今のバイクは制動力が強すぎて前輪ロック→転倒というのがオチです。実際のところ指二本あれば十分な制動力を得られます。あとは、リヤブレーキの使い方です。教習所では一本橋等で速度調整や姿勢制御にリヤブレーキではなくクラッチの断続によって行ないなさいと教わりますが、実際の公道での低速時の姿勢制御や微妙な速度調整などはリヤブレーキを使用します。クラッチワークでなんかやっていたら、あっという間にクラッチ減りますし、何よりもギヤ比の高いバイクだとエンストの可能性大で逆に危険です。ちなみに教習所使用のバイクは30km/hぐらいでも3速ぐらいまで入れられるようにギヤ比が低めになっているのでエンストしにくいのです。私のバイクだとこの速度ならローギアです…

 まだまだいっぱいあると思います。この矛盾がすべて悪いわけではなく、教習所はあくまでも「基本」を覚える場所ですから「あとは現状に則した運転技術を身につけてね」ということなのだと思います。教習所のテクニックだけで公道を不都合無く運転できるかと言えばそんなことはないのです。「免許は取ったもん勝ち!」と言われたりもしますが、取ってからが勝負だと思います。実際の公道で「えー、そんなの教習所で教わらなかった!」といっても誰も認めてくれません。

 信仰生活のスタートラインの一つの目安は洗礼式であると思います。しかし、信仰は持っていても、この洗礼式にまで辿りつかない方々もいます。いろいろな理由があるのだと思いますが、その内の一つが、洗礼を受ける前に何でもかんでも身につけなければならないと思っていることがあるのだと思います。「もっともっと聖書の知識を蓄えなければ…」「もっと生活態度を改めてからでなくては…」等です。

 こういったことは大切なことであると思いますが、いくら洗礼前に大量の学びと訓練を行なっても、実際のクリスチャン生活に差しかかると「えー、こんなこと聞いてないよ!」というような思いもよらないことが起きるのです。最低限の学びは必要ですが、予測不能の事を学んでもきりがありません。勝負はクリスチャン生活に入ってからです。それこそ一生の戦いであると思いますが、その先に永遠の祝福があることに希望を抱き、歩んでいくものでありたいです。

 
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