スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

罪と赦し

 以前、私はFacebookのモラルに関しての危険性を記しましたが、どうやら予感は的中している感じです。

 色々とあるのですが、一番目に余ると感じたのは、性的罪を犯した人々を「本能で生きる動物と一緒だ!」とか「社会的に抹殺するべきだ!」とか、「やつらに人権はない!」等と言っている人がいることです。驚くことなかれ、この方はクリスチャンです(それ以上ハッキリしちゃうと、公での個人攻撃になってしまいますし、言論の自由の侵害だとか訴えられそうなので、このぐらいでご勘弁を)。この事実につまずかないように最後まで読んでくださいね。反論の書き込みをすればいいのかもしれませんが、場を荒らすまいと無視をしている他の方々に迷惑がかかりますから、やはり私もそのような記事は無視します。というよりもあまり使いこなせていないので書き込みは殆どしないのですが…

 確かに性的罪は、誘惑が大きく、神から引き離そうとする力が大きく働く為に、本当に避けるべきことであると思いますし、罪を犯した本人が神の御前に罪を罪として認識することは大切なことです。しかし、犯した罪の大きさ故に、責任やけじめをつけなければならない場合はありますが、その罪を認め、悔い改めるなら、神は赦して下さいます。それはどのような罪であれ同様です。

 日本の言葉で「罪を憎んで人を憎まず」という言葉がありますが、私はこの言葉はじつに聖書的であると思っています。罪は罪です。神の御前に割引なんてされてはならないことです。しかし、そのような罪人であっても神は私たちを愛しておられます。「社会的に抹殺するべきだ!」とか「やつらに人権はない!」とかいう言葉は、神の赦しの原理を無視したものであり、もっというならば神を冒涜した言葉であると私は思っています。

 私は聖書の罪の基準を下げるなんてことがあってはならないと思います。そして、その犯した罪のために社会的責任を負わなければならない場合があるならばしっかりとその責任を果たすべきことだと思います。しかし、神の御前では、そのような人々であれ、誰であれ、同じ一人の赦されるべき罪人であるということを忘れてはならないと思います。明日はイースターです。人間が勝手に「赦してはならん罪」なんてものを決めてしまったら、キリストはいったい何のために十字架にかかり、復活されたのだろうということになってしまいます。イースターの意味とその恵みを覚えつつ明日を迎えたいと思います。

 それにしても、安易に過激発言されるとFacebookを有効活用している人からすると大変迷惑な話です。Facebookは、たとえ登録した人しか見れなくても、そこからどのようにシェアされたりするか分かりません。私もそんな酷い記事はいちいち読みたくないのですが、トップページにすると無作為に他の方々の書き込みが表示されますからね(笑)。
スポンサーサイト
プロフィール

☆ヤマちゃん☆

Author:☆ヤマちゃん☆
車・バイク好き牧師

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
リンク
最新記事
カテゴリ
カウンター
検索フォーム
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。