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「私」は「みんな」

 現在、Facebookの利用者が8億人と言われています。私も登録しています(まだ使いこなせてないのでほとんど利用しませんが…)。懐かしい友人と再開出来たり、素早くそして広範囲にわたって情報交換が出来たりと大変便利なようです。コミュニケーションツールとしては非常に便利なものであることは私も疑う余地もありません。

 そしてFacebookの特徴は実名登録であるということです。相手が誰であるか分かっているからこそ安心して情報のやり取りが出来るし、書きこむ側にも責任が発生しますので、誹謗中傷の類は発生しにくいという利点があります。しかし便利であるが故に問題も起きます。いろいろな問題が世間では言われていますが私が気になるのは実名登録であるが故の問題です。私はFacebookのシステムを問題視するつもりは全くなく、利用する側のモラルの問題です。

 実名登録すると確かに書き込む側に責任が生じます。問題発言をすれば、責任はその人にいくからです。しかし、文責が自分にあるからといって遠慮なしに自分の考えや思想に基づいて批判的文章を書き込む人が少なくありません。「でも、それって責任は本人にあるから別に問題ないんじゃないの?」と思う方もいる事でしょう。本当にそうでしょうか?個人名が分かるということは、場合によってはその人がどのような団体に所属しているかもわかります。それに多くの人がプロフィールに職業や所属を記しています。特に私のような立場の場合は細心の注意を払う必要があると言えます。

 例えば私がFacebookで特定の個人や団体を批判した場合、それは場合によっては私が所属している日本同盟基督教団の意思と捉えられる可能性があります。「これは私の文責だ!」と言っても必ずしも周りがそのように考えるとは限りません。その為、私はブログでも、特定の考え方や特定の方面の分野を批判することはあっても、個人名や特定の団体を名指しで批判するようなことは極力避けています。自分の発言が知らず知らずのうちに間接的に関係者を傷つけることだってあるかもしれません。特にFacebookはお友達登録さえすれば世界中の誰でも閲覧可能ですから、どこでどのようにその情報が広がるか分かりません。親しい友人と実際に会って「自分はこう思っている!」と言うのとはわけが違います。

「こういうわけで、私たちはキリストの使節なのです。ちょうど神が私たちを通して懇願しておられるようです。」(Ⅱコリント5章20節a)

 外交官が問題ある言動をした時に「これは私個人の問題だ!」なんて言いわけが国際社会で通用するでしょうか?もちろん通用しません。問題が大きいと国際問題に発展するでしょう。同様に私たちは御国におられる神から遣わされた存在です。私のような立場ならなおさらのことです。私も失言しないなんてことはないかもしれません。しかし、自分は一人ではなく、一教会の牧師であり、一教団の教師であり、そして神の国という一つの教会からこの世に派遣されている一クリスチャンであることを忘れないように心がけたいです。

 念のために言っておきますけど、大部分の人はFacebookを健全に利用していると思いますよ。私が心配しているのは一部の事と、可能性の問題です。
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Author:☆ヤマちゃん☆
車・バイク好き牧師

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