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皆でつくりあげる

 またまた更新をしばらくサボってしまいました。

 先日はオンギジャンイのコンサートがありました。コンサート自体もメンバーも素晴らしかったのですが、もっと感謝したいことは、教会の兄姉と共にこのコンサートを行っていくことができたということです。

 今回はメンバーの方々が教会に宿泊されるということで、寝具の用意、食事の用意、そしてチラシの作製、そして今回はトラクト配布は行わず、一人ひとりがチラシを用いて友人・知人を誘ってくるということから、キリストのからだなる教会の皆で、このコンサートがなされていったことを実感しました。

 教会は牧師や役員の立場上、あるていどリーダーシップをもって導いていかなければならないことも確かにあります。しかし、それは牧師や役員だけが決めて行えばいいというのではなく、教会の兄姉の賜物を用いていくことができるように導いていくことではないかと思うのです。

 賜物を用いていくためには、奉仕する者の信仰が問われることは事実ですから、能力さえあれば誰でもいいというわけではありません。しかし同時にせっかくその賜物とそれを主の為に用ようとする信仰が備わっていたとしても、その機会がなければ用いることができません。牧師や役員会はその賜物を用いることができるきっかけを与えることも大切な役割であるのです。

 これは今回のような大きなイベントに限らず、日常の教会の営みにも同様の事が言えます。教会の中心である礼拝もそうですよね。英語だと「service」(奉仕)とも言いますし。説教者である牧師は礼拝の役割の一部を担っているに過ぎません(相応の責任は伴いますが)、司会者、奏楽者、献金当番、受付、そして忠実に礼拝をささげることそのものも奉仕です。

 教会がキリストのからだとして用いられていくことを願いつつ…
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Author:☆ヤマちゃん☆
車・バイク好き牧師

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