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結論ありきですか?

相模原のショッキングな事件が世間を賑わせせています。今日もニュースで犯罪心理学の専門家を招いてのやり取りがありました。

アナウンサー「薬物の影響があったのでしょうか?」
専門家「ほぼ無いでしょう」
アナウンサー「あ、そうですか…」

アナウンサー「以前、措置入院が"他人を傷つけるおそれがなくなった"と退院となりましたが…」
専門家「"その時点"でそういう危険性がなければ退院となります」
アナウンサー「……」

この番組はどうやら今回の事件の原因をどうしても薬物や行政や警察の対応の悪さにしたいらしいです。専門家の方が良識的な方でよかったです。番組としては専門家のお墨付きの同意が欲しかったのでしょうね。賛否あるのでしょうが、私はこういう自分たちの結論ありきで同意を求めるようなやり方はあまり好きではありません。

聖書信仰において自分の結論ありきで、その結論にあるみことばを引っ張ってくるということはないでしょうか?そしてそれを人に求めることはないでしょうか。もちろんみことばに書いてあることは正しいことですし、自分が感じたことを隣人に理解してもらいたいという気持ちもよくわかります。

でも、それはあくまでもみことばありきでの話です。自分の結論ありきでみことばを探してきたり、周りに同意を求め否定されたらその人を遠ざけ、同意してくれる人をとにかく探す…なんてことはありませんか?それは自分の結論を正当化するためにみことばや隣人を利用しているに過ぎません。

私はこういう傾向は個人だけではなく、キリスト教界全体でもあるように思えます。自分たちの意見を絶対視し、その結論に合うようにみことばを添え、その意見とは違う人々を不信仰だとか霊的に鈍い人とか反キリストのような目で見たりなど…具体的な事例はあえてここでは記しませんが、私はそういう雰囲気を感じる事例もあります。

やはり自分の結論ありきでの聖書信仰は本当の聖書信仰ではないと思います。私も気をつけなければと思わされます。

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それって確定した未来なんですか?

最近、ポケモンgoが大人気です。ウチの教会もジムになってるようで、近所の子どもたちや、車を一瞬停めて立ち去っていく人たちが何人かいます。まぁ、全てが問題ないとは言いませんが、規制がかかるなんてことにならないように皆さんモラルを持って遊びましょう。

こういう流行りがあると出てくるのが陰謀説です。記事のコメントの一部とか、証拠の示せない個人のツイートとかであったものが瞬く間に広まったりします。

今回もすでにそんなことを考えている人がいるようで、CIAが情報収集のために利用しているとかなんとか、そして狙った家の間取りを知りたい場合はその家の中にポケモンを置けば写真が入手できるとかなんとか…

アホらしい…もし、それが本当ならGoogle社やApple 社がグルになっているということになりますがそれでいいのでしょうか?そもそも、皆がスポットとして向かうところはゲーム運営側ですでにそこに何があるか調べたうえでジムやスポットに設定しているんですから、そんな位置情報を入手したところで何の役に立つのでしょうか。あとGPSを利用しての情報収集なら同じ会社系列のGoogle検索で多くの人が利用していますから今更といった感じです。

キリスト教会が何かを訴えかけていくとき、陰謀説に流されないようにしなければなりません。「こういう危険性がある!」ということは、そうではない場合もあり、中にはそう考えないクリスチャンもいるということを知らなければなりません。

そのような可能性の段階で何かを強く訴えかけることは犯罪を犯す前の人を逮捕してしまうようなものです。昔、マイノリティレポートとという映画がありました。未来予知によって犯罪を犯す前の人を逮捕してしまうという映画です。でも未来は変わりますからね。変わらない未来は神様にしか示せません。つまり「絶対そうなる!」と言えるはずはないのです。

私たちができることはまだ陰謀説の段階で不必要に騒ぐことではなく、実際に現実として起こったことに対して訴えていけばいいのではないでしょうか。それでは遅いって意見が聞こえてきそうですが、犯罪を犯す前の人をとっ捕まえて冤罪を生むよりもいいと思いますけどね。だって未来のことは神様以外に絶対はないんですからね。

まぁ、個人として祈ったり行動したりする分にはいいのかなと思います。

全てを委ねることとは

来月、日産からいよいよ自動運転技術を搭載した車が発売されますね。しかも高級車とかではなくセレナというごく一般的なミニバンに搭載したところが凄いですね。



この「プロパイロット」という機構、正確には完全な自動運転ではありません。車線変更をしない高速道路限定です。しかもハンドルから10秒以上手を離しているとアラームが鳴り、それでもハンドルに触れないと自動運転がオフになる仕組みになっているようです。

それでも交通量やカーブが多い日本の高速道路においてハンドルに手を添えているだけで操舵や車間距離の調整、レーンのキープなど全てを行ってくれるわけですから、ドライバーの負担は大幅に軽減されますよね。「なんか不安だなぁ…」と思っちゃう人は、そもそもそんな機能のついた車は買わないでしょう。

たぶん技術的にはハンドルに一切手を添えないでも制御可能なのだと思いますが、これは運転"支援"システムであって、運転の責任はあくまでもドライバーにあるというメーカー側のスタンスなんだと思います。法的問題もあるのでしょうが…


信仰生活において神はいつも私たちと共にいてくださり、導いてくださるお方です。ですから全面的に信頼していくべきなのですが、だからといって何もしなくてもいいということではありません。罪を犯せば、当然、責任は本人が問われることになります。「導いた神が悪いんだ!」とは決してなりません。

神の働きは100%、同時に私たちの努力も100%であるのです。

他人ではなく自分自身

選挙が終わりましたね。選挙期間中になされる戦略でネガティブキャンペーンというのがありますよね。日本では某国ほど過激には行わないですが、それでも対立候補を批判しない候補者は殆どいないと思います。それも一つの戦略ですからシロウトの私がどうのこうの言うべきではないのかもしれません。

でもね。やっぱり私は個人的にはあの方法は好きになれないんですよね。他の候補者がどうあろうと、とにかく「私はこうです!」と自分の政策と信条を訴える方が個人的には好きです。

あとですね。批判合戦を見ていると、なんか主イエスのたとえ話で、取税人を見て「あのような者でないことを感謝します」と祈ったパリサイ人を思い出しちゃうんですよ。

信仰生活で問われるのは他人と比べて自分がどうかではありません。あくまでも自分自身が神の御前にどうであるかが問われるのではないでしょうか。

時折「〇〇を行っている人々と比べて私は〇〇です」とかいう証しを聞くことがあります。でも証しとはとは他人と自分を比べて自分の信仰深さを表明するものではなく、神が「自分」に何をしてくださったのか、そして神が「自分」を通してどのような栄光を現されたのかを伝えるのが証しであると思います。

政治戦略としてはネガティブキャンペーンはアリなのかもしれませんが(私は好みませんが)、信仰生活では他人は関係なく自分がどうであるのかがいつも問われているのではないでしょうか。

その根拠は何でしょう?

いや〜、政治の話題はほどほどにしておこうと思ったのですが、投票日が近い今週はネット上で特にSNSなどでは選挙の話題で溢れてまして…べつにそのこと自体がいけないわけではないんですよ。それぞれの考えと主張があるわけですから。

ただ気になることが一点だけ(にとりあえずしておきます…笑)、クリスチャンやキリスト教団体が他の立場の方々、あるいは他の宗教の方々と共に「憲法違反だ!」と言って訴えかけるのはちょっと違うんじゃないかなと思います。

キリスト者が世の光として見張人として訴えかけていくことは大切なことだと思いますが、その根拠はもっと大切なんじゃないでしょうか。クリスチャンでも色々な考えがあるという前提ですが、少なくとも「憲法違反だ!」はないんじゃないかと…もしそう訴えるんだったら立場抜きにして一個人として訴えるべきではないでしょうか。だって憲法違反が訴えの根拠なら改憲されて合法になったら何も言えなくなっちゃいますよね。実際、違憲を訴える憲法学者でも、改憲すべきではない派ときちんと改憲して筋を通せ派と両方いるんじゃないんですかね。

では、もし仮に改憲されたとしたらまた別の根拠を見つけるのでしょうか?でもその前の訴えの根拠はなんだったのかということになっちゃいますよね。それはあまりスマートではありません。

キリスト者が社会に訴えていくということは、あくまでもその根拠は聖書がそう言っているからでなくてはならないのではないでしょうか。そしてそれをわかるように示していかなければならないのではないでしょうか。
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☆ヤマちゃん☆

Author:☆ヤマちゃん☆
車・バイク好き牧師

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