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悔改めは方向転換です ーその2-

 先日、「柏崎刈羽原子力発電所の稼働に関する新潟県民投票条例」制定の請求書が提出され、県議会で討議された結果、否決されました。政治的思惑もあるのだと思いますが、そういったことを抜きにして私は「現時点」で否決されたことは良かったと思っています。念のために言っておきますが、私が原発賛成派だからではありません。どちらかと言われれば反対であると答えるでしょう。しかし現時点の情報で賛成か反対かの二者択一を迫るのは、あまりにも乱暴であると私は考えます。

 絶対反対の方もいれば、「雇用と経済的な問題がクリアされれば」とか「核燃料の処理問題をはっきりとさせた上で」という条件付きの反対の方もいることでしょう。賛成側も「まだ日本には原発は必要だ!」という絶対推進派の方もいれば、「安全性さえ徹底すれば稼働も止む得ない」という条件付きの賛成の方もいます。「いずれは原発に頼らなくてもいい発電方法になればよい」という緩やかな賛成の方もいることでしょう。原発を考えるにもある程度の専門知識は知らなければなりませんから「まだ判断できない」という方もいると思います。このようなさまざまな民意を白か黒かで判断するのは現時点では困難です。国民皆が原発についての学びがまだまだ必要なのだと思います。それから県民投票を行なえばいいのだと思います。

 そのような中で、今までの原発電力の利用を短絡的に罪と定め、悔改めを促したり表明したりするクリスチャンやキリスト教団体が数多くあります。その方々に問いたいのですが、本当にそれでいいんですか?その表明が多くの兄姉を傷つけている可能性もあることに気づいていないのですか?私はいつも複雑な気持ちになります。以前にも掲載をしたと思いますが、罪と定め、悔改めるということは、方向転換をする覚悟があってこそであり、悔改めを表明したからには、今後、原発が再稼働されたならば、一切原発によって発電された電力は使用しないで、原発の電力によって作られた物は利用しないという覚悟がなければなりませんが、「罪であったから悔改めます!」といいう皆さん、そのような覚悟はおありなのでしょうか?私はそんな覚悟がありませんから、原発に頼らない世の中になって欲しいと思いますが、「悔改めます!」なんて言えません。

 この新潟県は刈羽原発があります。停止中ですが、原発からある程度の範囲内の家庭には給付金が東電から配布されます。その範囲内には多くのクリスチャンがいて、教会やキャンプ場もあります。たとえそのお金の受け取りを辞退しても原発が消えてなくなるわけではありません。「原発=罪」という考え方はそのような人々に対して「お金受け取ったら罪だよ!」と言っているようなものです。関電はすでに再稼働されている原発もあります。関電圏内の人々は、たとえ原発の電力を使いたくなくても使わざる得ないのです。関電圏内のクリスチャンは「罪を犯し続けるけしからん人々」とでもいうのでしょうか?またその論法だと東電の社員でクリスチャンの人は生活を捨てでも辞めなければならないということになるでしょう。本当に今言ったような事柄も考えて「悔改めます」なのでしょうか?

 今の世の中、電気なしで暮らすのは不可能です。原発を悔い改める声明文だって、どっかで電力に頼らなければ出せないんですよ。まさか一枚一枚手書きしている人なんていないでしょうし、たとえ印刷に頼らず手書きで何千枚もの声明文を書いたとしても紙やペンも電力なしでは製造できません。賛成反対に関わらず、原発が再稼働されれば、その電力を直接的にも間接的にも使わざる得ません。どちらが正しいかという問題ではなく、それが現実です。つまり「原発=罪」論法だと、同じ罪を犯す可能性がありながらのうわべだけの意味のない悔改めとなりかねないのです。だから私は反対することがいけないといっているのではなく、簡単に「罪です!」「悔改めます!」なんていってほしくないというお話しです。

 最後に、福島第一原発の事故の収束が一日でも早く訪れると共に、被災された方々の生活が守られることを神に祈る者であります。そして今後は、エネルギー政策において、原子力によらない社会が実現するように祈るものでありたいと願います。
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予防線

 我が家のレガシィが故障しましてただ今入院中です…といっても1、2日で退院ですけどね。

 最近、たまにハンドルにミョーな振動がある時がありまして、そのような時は外に出ると何やらブレーキパッドが焼けた匂いがします。もしやと思ってブレーキ回りを除くと左前のホイールがお肉が焼けそうなぐらい熱くなっています。もしや…が確信に変わりまして「これはブレーキ引きずってるな…(ブレーキを離してもブレーキが弱く効きっぱなしということ)」と思い、家に帰ってさっそく点検です。

 ジャッキアップして左前のタイヤ外し、ブレーキパッドやキャリパーをチェックしました。やっぱり火傷しそうなぐらい熱くなってます。キャリパーを外して、ちょこっと清掃だけして再び組み付け…何とかタイヤが回る状態になりました。本当はオーバーホールしたいんですが、家にある工具だけだと出来ませんので、とりあえず様子を見ることにしました。

 今週、再び症状が出まして、今度はエンジンブレーキが強くなったような感じがしまして「これはもう駄目だな…」と思ってスバルに直行です。点検してもらって、やっぱりブレーキ引きずってました。しかももう、キャリパーのピストンが固着して動かない状態だとのことです。オーバーホールでいけると思ったので、ちょっとショックです。交換するんだったら、家の工具の範囲でもできるのですが、見積もりを見ると8割以上が部品代でしたから、自分でやってもあまりお得感がありませんし、ブレーキ周りのことですから、ディーラーさんにお願いすることにしました。それに私も現場を離れて早10年以上経ちます。過信は禁物です。

BP5.jpg

 写真の①がブレーキキャリパーです。ブレーキペダルの圧力がブレーキ液を介してキャリパーに伝わり、キャリパー内のピストンが押されて③のブレーキパッドで②のローターを挟み込みます。ブレーキ引きずりの原因は大抵はピストンの中のゴムの部品が劣化したことによってピストンが押されたまま戻らなくなることが多いです。私の車の場合は完全にピストンが固着してしまっているのでキャリパーごとの交換が必要らしいです。私が自分で分解して点検した時もなかなかの錆び具合だったので、錆びも影響していると思います。以前、長野で乗ってたスープラは、過酷な乗り方で19万キロも乗ったにも関わらずキャリパーのピストンがあんなに錆びていることはなかったです。恐るべし新潟!

 ブレーキ引きずってたのでローターも偏摩耗してしまったので交換です。ブレーキパッドも当然のことながら左側だけ減ってしまったので交換です。右側のブレーキ回りも、今のところ引きずりはありませんが、左側と近い状態だと考えられるので、予防整備で、左側と同様の整備依頼をしました。おかげで、凄い金額の出費になってしまいました(泣)…仕方がありません。ブレーキ回りはケチると命に関わりますからね。

 「お金に余裕のある時に…」といって後回しにすると、ただブレーキパッドが減ってハンドルに振動が出るだけではなく、摩擦熱によってブレーキ液が沸騰してブレーキが効かなくなるベーパーロックが起きる恐れがあります。「これぐらいは…」といって放っておくとあとで大変なことになります。

 信仰生活において誰しも改善すべき点があると思います。「そんな必要はない!」なんてクリスチャンは存在しないでしょう。しかしその内容によっては「今は無理だから、これぐらいはいいよね…」と言って改善を後回しにすると、後で戻れなくなってしまうということも多々あります。私自身、そのような兄姉をたくさん見てきました。

 性問題に詳しいある先生が「皆さんは道路で例えると一般道を自由に走ることができます。進むことも引き返すこともできます。しかし、一度高速道路に入ると前にしか進むことはできません。流れていく速度も一般道よりも早いです。もし、準備のないままに高速道路に入ったら、取り返しのつかないことになります。だから一般道にいるうちによく学び、成長していくことが大切です。」とおっしゃっていました。これは罪全般に関して言えることであると思います。罪に対しても取り返しがつかなくなるような予防線を張っておいたり成長していくことは大切なことであるのです。

備え

 当然の事ながら雪国で冬はバイクに乗れる日が殆どありません。この新潟県も同様です。そのためライダーたちの多くはバイクを冬眠させます。バッテリーの放電を防ぐためにバッテリーを外して、ガソリンタンクに水が溜まらないようにガソリンタンクを満タンにしておきます。

 ここ10年ぐらいのバイクは電子燃料噴射であることが一般的なので冬眠作業はそれで終了ですが、私のバイクはキャブレター式なので冬眠させるためにはキャブレター内のガソリンを抜く必要があります。ネジ一本でガソリンは抜けるのですが、イタ車はあまり信用してませんので(笑)私は冬眠させていません。

 日本の冬は関東を除く東日本の大半で積雪と凍結があるような国ですが、イタリアは冬でも北の方にいかない限りは殆ど氷点下になりませんから、冬場の事なんて考えているはずもありません。噂によると、日本のドカティ乗りで冬場に乗らない人は、春になる度にキャブレターをオーバーホールしなければならないような人もいるみたいです。そんなの嫌ですから冬眠させません。

 どうしているかというと、バッテリー上がりとキャブレター内のガソリンの変質を防ぐために、たまにエンジンかけてあげます。車はアイドリング状態でも発電してくれるのですが、バイクは少し回転数を上げないと発電しませんので、多少回転数を上げながらエンジンをしばらくかけておきます。最近のバイクはもしかしたらそんなことないかもしれませんが…その点、ガレージがあるのは近所のことを考えるとありがたいです。そしてこの新潟ではたまにしかありませんが、路面が乾いた晴れの日があったならたとえ冬でも走ります。そのおかげもあってこの真冬でも今のところエンジンは一発始動の状態です。

 何よりもやっぱりバイクは走ってこそバイクですから、冬眠させないで、いざ天気のいい日があったならば、さっと乗れる状態にしておきたいのです。同じようなことを考えている人も結構いるようで、冬の天気のいい日がたまにあるとわりとバイクを見かけたりします。東北を除く太平洋側だと一年通して乗れますから「乗ろうと思えば乗れるけど冬は寒いから乗らない!」という人が多いと聞きます。雪国は冬は全く乗らない人も多いですが、雪国の場合は「乗らない」ではなくて「乗れない」なので、寒くても貴重な晴れの日は乗りたくなってしまう人が結構いたりするのです。

 キリスト教の迫害を受けていた時代は(今でもそのような国があります)、普段、福音をのべ伝えることができないので、きっとたまに訪れるチャンスがあったならば迷わず福音を宣べ伝えたのだと思います。そしてその日がいつ訪れてもいいように語ることのできる備えを日々していたのだと思います。

 日本は自由に福音を宣べ伝えることができます(今のところですが)。しかし、いつでもできるが故に、なかなか踏み出せなかったり、備えができていなくて訪れたチャンスでうまく伝えられなかったりします。チャンスはいつ訪れるかわかりません。いつ訪れてもいいようにみことばの備えをいつもしている者であるたいと願います。

「あなたがたのうちにある希望について説明を求める人には、だれにでもいつでも弁明できる用意をしていなさい。」ペテロの手紙第一3:15b

雪国って大変?

 新年あけましておめでとうございます。

 この度、教会の駐車場に消雪パイプを設置しました。井戸のポンプの容量と敷地内の水の流れる傾斜等を考えると入り口付近の車三台分ぐらいのスペースに過ぎませんが、それでも大雪の日は私一人で人力で雪かきをすると、その部分だけでも軽く一時間以上かかりますから、大変ありがたいです。それに私たちの教会は入り口付近がかなりの傾斜があるので、四駆でない車が登れないこともしばしありましたから、これでかなり楽になると思います。

DSCF0096.jpg

 先日、バイブルキャンプでお会いした埼玉県民の方が道路の消雪パイプを見て「わぁ!道路から水が出ている!」…と驚いておりました。そりゃ、埼玉は必要ないですからね。驚くのも当然だと思います。今回のキャンプのためにスタッドレスタイヤを購入したそうです。そりゃ、普段、必要ないですからね。

 こういう話を聞くを雪国に住む私たちにとっては「羨ましいなぁ…」と思うことでしょう。除雪の必要もなく、スタッドレスタイヤの出費もなく、暖房費も雪国の方がかさむでしょう。でも、それはあくまでも「他と比べると」の話ではないかと思います。確かに雪国というだけで苦労もありますが、神様がこの地に私たちを導いてくださっているわけですから、あまり不平不満をいうのはどうかと思います。きっと、暖かい場所に行ったら行ったなりの不満って絶対あるんだと思います。

 まぁ、雪国でも快適に過ごしたいと思うことには変わりありませんから、暮しやすくなるように望むことは別に悪いことではありません。ただ、互いを比べて、相手に対して配慮のないことばを投げかけるのはいけませんというお話です。
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☆ヤマちゃん☆

Author:☆ヤマちゃん☆
車・バイク好き牧師

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