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皆でつくりあげる

 またまた更新をしばらくサボってしまいました。

 先日はオンギジャンイのコンサートがありました。コンサート自体もメンバーも素晴らしかったのですが、もっと感謝したいことは、教会の兄姉と共にこのコンサートを行っていくことができたということです。

 今回はメンバーの方々が教会に宿泊されるということで、寝具の用意、食事の用意、そしてチラシの作製、そして今回はトラクト配布は行わず、一人ひとりがチラシを用いて友人・知人を誘ってくるということから、キリストのからだなる教会の皆で、このコンサートがなされていったことを実感しました。

 教会は牧師や役員の立場上、あるていどリーダーシップをもって導いていかなければならないことも確かにあります。しかし、それは牧師や役員だけが決めて行えばいいというのではなく、教会の兄姉の賜物を用いていくことができるように導いていくことではないかと思うのです。

 賜物を用いていくためには、奉仕する者の信仰が問われることは事実ですから、能力さえあれば誰でもいいというわけではありません。しかし同時にせっかくその賜物とそれを主の為に用ようとする信仰が備わっていたとしても、その機会がなければ用いることができません。牧師や役員会はその賜物を用いることができるきっかけを与えることも大切な役割であるのです。

 これは今回のような大きなイベントに限らず、日常の教会の営みにも同様の事が言えます。教会の中心である礼拝もそうですよね。英語だと「service」(奉仕)とも言いますし。説教者である牧師は礼拝の役割の一部を担っているに過ぎません(相応の責任は伴いますが)、司会者、奏楽者、献金当番、受付、そして忠実に礼拝をささげることそのものも奉仕です。

 教会がキリストのからだとして用いられていくことを願いつつ…
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あなたには不必要?でも私には必要!

 私のバイクは、発売された時は最新鋭のマシンの一つ(といっても11年も前…)でして、0-100km/h加速2秒台後半、最高速280km/hぐらいらしいです(そんな無茶は私はしないので、あくまでも「らしい」です)。

 「そんなパワーが日本の公道で必要あるの?」という批判はスポーツカーやスポーツバイクの宿命です。でも、そんなこと言ったら、軽自動車やコンパクトカーだって法定速度以上は余裕で出せますから、そのような批判は意味がありません。確かに私のバイクはこの日本の公道においては全開走行する場所なんてありません。でも、私はそれでも満足してます。

 これって、乗り物だけでなく、すべてにおいて言えることですよね。時計や貴金属にしても、洋服にしても、電化製品にしても使用用途ということだけを考えれば不必要な部分は多々あるでしょう。でもそれって本人が満足すればそれでいいんじゃないのかと思わされるのです。価値観はそれぞれですから…「公道で300km/h出したいからフェラーリに乗りたい!」って言うんだったら止めた方がいいですが、ただ単にフェラーリが欲しいだけなら別にいいのではないでしょうか。

 私たちの教会は、教会学校の子どもたちの数よりもCS教師の人数の方が多い現状です。一つは、実際に必要を覚えることや、子どもが増えることを願い、その為に備え受け皿が必要であるということ。そしてもう一つは、たとえ第三者から見れば「多すぎる!手厚すぎる!無駄ではないか!」と思われるような子どもと教師の比率であったとしても、CS教師が子どもたちの為に重荷を持ち情熱を持って奉仕しています。理由はこれで十分なのではないでしょうか。

 教会には、人によってさまざまなニーズが発生します。時に年代の差があると「そんな不必要なことを…」とお互いの価値観の違い故にすれ違いも起きる事があるかもしれません。しかし、その人が必要と思うならば必要なのです。もちろん、聖書の心理に反したり、群れの秩序を乱したりするなら話は別ですが、そうでないなら、自分には価値観が見いだせないからといって、簡単に隣人を批判することに注意しなければなりません。

 
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☆ヤマちゃん☆

Author:☆ヤマちゃん☆
車・バイク好き牧師

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