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その真意は如何に?

 昨年の秋、総務省から軽自動車の増税に関する発表がなされました(まだ案の段階です)。もし、法改正されるとしても数年はかかると思いますが、可決されたら混乱すること間違いなしです。皆さんも御承知のように軽自動車と普通車は管轄も違えば税額も雲泥の差です。

 参考までに、年間自動車税は…

 1.0ℓ以下…29,500円
 1.5ℓ以下…34,500円
 2.0ℓ以下…39,500円

 …といった感じで区分され(上記の区分がすべてではありません)4.5ℓを超えると80,000円以上の税額となります。

 一方、軽自動車は一律7,200円(貨物は4,000円)です。これが軽自動車の最大のメリットであったわけです。

 総務省の主張は、1.0ℓクラスと軽自動車では排出ガスも燃費もあまり変わらないのに税額に大きな差があるのは良くないということでそれを是正したということらしいです。しかし、案ではなんといきなり4倍の28,000円程度を想定しているらしいです。これは混乱必至です。確かに軽自動車と1.0~1.3ℓクラスの車の排出ガスや燃費が変わらないというのは本当です(車種によっては軽自動車の方が燃費悪いぐらいです)。しかしいきなり「4倍」って…ちょっと考えてしまいます。

 これでは軽自動車のメリットはほぼなくなります。値段も最近のコンパクトカーは安いですし…○ズキや○イハツのように軽自動車をメインとしている企業は、超大打撃です。本当にそれで日本はいいの?…と思ってしまいます。ここからは、あくまで私個人の推測ですが、軽自動車の販売をメインとする企業が大打撃を受けるのを分かっていて(下手すれば倒産します)、このような案が検討されているというのは、税金の不公平の是正ではなく、もっと裏に何かあるのでは(税収を増やすためとか、軽を販売していない○○○を守るためとか…)と思ってしまいます(あくまでも私個人の推測です)。軽の増税を完全否定するつもりはありませんが、もう少し自動車業界全体を見て慎重に進めていって欲しいと私は思います。

 みことばも自分の思いを通すために別の大義名分を持ってきて語ることのないように私は語る者として気をつけねばと思っております。あるいは自分の語ったことが「○○先生が言っていたからあなたは間違っている!」と人々を批判する為に用いられることがないように、そのみことばの真意をはっきりと語っていくものでありたいと願います。

 それにしても二輪の税金はどうなるんだろう。私のバイクは年額4,000円なのですが、増税しなければいいんですが…
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「それぐらい…」を放っておくとどうなる?

 皆さんは自動車のオイル交換をどのぐらいの頻度で行っているでしょうか?我が家は3000km毎に一回、あまり走ってなくても半年に一回(いつも距離の方が早く到達しますが)という感じで割と頻繁な方です。まぁ、メーカーの指定は1万キロに一回とか1年に一回とかになってますので「そりゃ、オイル代の無駄だ!」という意見もあるでしょう。しかし、実際はせいぜい5000キロに一回は交換した方がいいです。酷い人は車検の時しか交換しないなんて人もいます。

 オイルは人間の体でいうところの「血液」みたいなもんです。血液は、たとえ不摂生をしてもすぐに支障をきたすようなことはありません。しかし長年の蓄積で必ず支障をきたします。オイルも同様です。交換をサボっても、すぐに車に影響があるなんてことはありませんが、長い交換サイクルを繰り返すと、オイル漏れや、変質したオイルが通路に詰まったりします。最悪はオイルが減っていることに気付かすエンジンが焼きついて動かなくなることもあります。そうなる前に買い替えてしまう人が多いので、あまり表にあらわれてこないだけです。そのような中古車を手にするユーザーはたまったものではありません。少なくてもオイル交換をし過ぎてエンジンに支障をきたすなんてことはありませんから、定期的に交換するに越したことはありません。

 教会は、神のみことばを土台として建て上げられます。「それぐらいなら別にいいんじゃないの?時代も変わったし…」と思えるようなことも一見あります。しかし、「それぐらい」が積み重なっていくと、いずれ強大な問題となっていきます。残念なことに、そのようにして方向性を見失っていき、教会とは呼べなくなってしまった教会も存在します。

 私たちは救われてもなおも弱さを持っている赦された罪人に過ぎません。しかし、過ちを犯す度に、神に悔い改めていくことが大切なのではないでしょうか。それはさらに教会を成長させるものとなるはずです。四角形が五角形になりそうになったら、もう一回、四角形にに戻しましょう。六角形、8角形…やがて円となってしまっては、元に戻すのは困難です。その都度、神の御前に立ち返る者でありましょう。

必要な制約

 最近、「原付二種」という部類のバイクに乗る人が増えています。原付二種とは51~125ccのバイクです。黄色ナンバーやピンクナンバーのバイクを見かけると思いますが、あれが原付二種です。免許区分は自動二輪(小型限定)なので50cc以下の原付一種と違って二輪免許が必要ですが、登録区分は原付なので維持費が安いのです。任意保険は家族に車に乗っている人がいれば「ファミリーバイク特約」を付けるだけで何台でもカバーできてしまいます。

 さらに燃費も50ccクラスに迫るぐらい高燃費で40km/ℓぐらいをたたき出します。しかも動力性能は大型バイクと比べてしまえば当然雲泥の差ですが、加速力は一般的な車と同等で、スタートダッシュなら軽自動車なんて相手にならないパワーがあります。しかも原付一種のように30km/h制限や二段階右折もないので車と同じペースで走れます。唯一の欠点が自動車専用道路を走行できないことぐらいです。まさに通勤快速になります。50ccの購入を考えている人で免許があるなら私は間違いなく125ccクラスをおススメします。

 この原付二種クラス、その普及と実用性の高さから、近年、数日の簡単な講習で免許を発行するようにできないかという要望が一部から出ているようです。ヨーロッパの方だと、125ccまで自動車免許で乗れる国があるようで、その影響も少なからずあるでしょう。確かに実用性や経済性を考えれば魅力的ではありますが、私は反対です。私の考えは制限がある原付一種はともかく、それ以上はやはりしっかりと二輪免許で乗ってほしいと思うのです。

 上記でも触れましたが、原付二種は高速道路等を走行できない以外は、他の二輪と同様、制約がありません。それを簡単な講習だけで運転できてしまうのはあまりにも危険ではないかと思うのです。ちょっと昔の125ccならスポーツカー並みの加速をする車種や170km/hぐらい出てしまう車種もあるわけで、それを講習だけで…というのはどうも受け入れられないです。ヨーロッパの方は基本的に運転マナーが日本よりいいです。たとえ自動車免許で125ccを運転しても身の程をわきまえた運転をする人がほとんどです。日本は恥ずかしながら「資格さえあれば」みたいなところがありますから、同じようにはいかないです。

 「クリスチャンになると制約が多くて嫌だ!」という意見をたまに耳にします。聖書の教えは、すでにキリストにある者として、キリストが望んだことを守り行いたいという思いで従っていくものです。故に、教えに従わなければ救いが取り去られる…なんてことはありません。あくまで喜んで自発的に従っていくべきものです。

 しかし同時に人間には弱さがあります。みことばをもって何が正しくて、何が正しくないことであるかを示してもらわないと私たちは神の望む行いなど到底できません。「制約なんてキツイから自由に行きましょう!」としたところで、何ひとつ神の喜ばれる行いをなすことができないのが私たちの姿ではないでしょうか。みことばは私たちを縛るものではなく、弱い私たちを悪から守ってくれるものであるのです。
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☆ヤマちゃん☆

Author:☆ヤマちゃん☆
車・バイク好き牧師

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