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神の家族

 スズキやカワサキといったバイクメーカーが被災地へ義援金と共にバイクの寄付をしています(スズキは軽トラも)。復興に向けて小回りの効くバイクは重宝することでしょう。スズキは原付スクーター100台と軽トラック50台、カワサキは、オフロードバイクにオンロード用タイヤを装着した「モタード」という種類のオールラウンダーなバイクを125ccと250ccそれぞれ15台ずつ計30台を支援物資として寄付しています。

 それにしても30台や100台といったバイクはいったいどのように分配されるかが気になります。メーカーとしては「被災された方々に向けての支援物資」と発表していますから、あくまでも予想ですが災害時にバイクを失った方々に抽選で寄付するとかかなぁ…などと考えています。自治体が売ってしまってお金に換えるのであれば「物資」として支援した意味がありませんから、それだけはやめていただきたいと願っています。

 この緊急時に必要で最優先されるべきものは生きていく為に必要なライフラインや日常生活物資でしょう。故にバイクに乗っていない人からすれば「そんなバイクなんて緊急時に寄付されても必要ない!」と言われればそれまでかもしれません。しかし、バイクメーカーだからこそ、自分たちができる支援をするわけです。カップラーメンは送れませんが、バイクは送れます。もちろんバイクを失った人すべてに行き渡るには程遠い数でしょうが、その支援にあずかった方からすれば本当にありがたいことでしょう。

 教会でも支援の輪が広がっています。私たちの教団も緊急支援金を呼びかけ、すでに多くの支援金がささげられています。これらは主に被災された諸教会に向けての支援を目的としています。教会外の人からすれば「何故、教会だけ?」と思われるかもしれません。しかし、教会だからこそ、教会の支援ができるのです(市町村が教会に支援したら問題ですしね)。

 家族が被害に合えば、まずは何よりも家族を助けたいと思うのは当たり前のことです。教会は「神の家族」です。家族だからこそ助け合える祝福があるのではないでしょうか。
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「気持ちだけでは…」

 震災被害の大変な状況が続いています。支援物資の中で深刻な問題になっている一つが支援物資を運ぶために必要なガソリンや軽油です。西日本から大量輸送する計画が発表され、もう少しすれば、ある程度緩和されるとは思いますが、いずれにせよ不足していることには変わりありません。

 しかし、私が気になるのが、足りないからと言って一般の方がガソリンをむやみに集めて被災地に届けようとする動きが結構あることです。消防法では、乗用車が燃料を運ぶ上限や、保管する際の上限が決められています。しかし消防法を犯し、その上限を超えている光景もネットの写真などでよく見かけます。

 「そんな緊急事態に何が法律だ!」という声はもっともでしょう。しかし、消防法は危険があるからこそ定められたものです。特にガソリンの場合はマイナス40℃でも引火するという非常に危険な油です。私は自動車整備士の仕事をしていたことがありますが、100cc程のガソリンが燃えて、消化するのにタオルをかぶせるぐらいでは全然消えなかったことを思いだします。本当に大変で、たとえ緊急事態でも素人が大量に扱っていい代物ではありません!それが数十リットルとか燃えたらもう大惨事です。

 どうか、これをご覧の皆さん!被災地に支援物資を届けようと思っている方もいると思います。しかし消防法の規定以上のガソリンだけは運んだり集めたりするのは非常に危険ですから絶対に行わないで下さい!これだけは専門家と専用車に任せていただきたいのです。届けたい気持ちが逆に事故等で他の車を巻き込むことになったら、逆に迷惑をかけることになります。タンクローリーだって強い衝撃が加われば大惨事ですが、乗用車よりははるかにリスクが少ないのです。

 キリストにある者として、感情的な愛をもった支援が必要であると同時に、秩序を保ち、法に従い、証しとなるような行動も大切であると私は考えます。

 なお、これらの文章の文責は、教団や教会に帰属するものではなく、私個人のみにあります。私はご批判を覚悟の上で私自身が主にあって大切であると思う事を伝えました。

助けている「自分」を見てはいないか?

 東日本大震災?東北関東大震災?まだ正式名称が統一されていないぐらい混乱しているということなのでしょうが、各地の被災状況を見ていると新潟中越地震の時を思い出します。私はまだ神学生で、神学校側からの要請で被災地にボランティアに行きました。

<中越地震当時の写真です>

001
↑被災地から50キロぐらい離れている道路もこんな感じでした

002
↑避難場所になっていた鉄筋コンクリートの学校ですら床と壁が割れて傾き段差ができています

 ただ、まだ地震後5日目であったので、現地も情報が整理されていない状態で、ボランティアよりも、まだまだ救援隊や医療チーム、救援物資運搬等のその道のプロがどんどん行く方が先決であったと思わされました。道路も場所によってはボランティア等の車で渋滞になってたりしていましたからね。今回の地震で県外からボランティア等を考えている方がいらっしゃると思います。そのお気持ちは尊いものです。しかし、どうかもうしばらく待っていただき、情報が整理されてから行ってください。助けるはずが、自分たちも被災者になってしまいかねないのです。これは私の経験上からの願いです。

 さて、私は避難所になっている学校に炊き出しに行くチームに加わりました。その時に、結構いい車がやってきて、その車の後部座席から女性が降りてきました。スカートを履き、身支度もしっかり整えてあり、間違いなくどこかのテレビ局の取材にきたアナウンサーかキャスターであるといった感じでした。

 こんな郊外の避難所に何の用かな?と思っていると「すみません!ここの避難所に水洗トイレはありますか?」とかなりお急ぎの様子で訪ねてこられました。どうやら水洗トイレを求めていくつもの場所をさまよってきたようです。震災後まだ5日目で、その辺一帯は断水していましたから、水洗トイレが機能しているところなんて一つもあるわけがありません。幸いにも私が行った避難所は学校のプールに水がはってあったので、それをトイレに利用していたので、それで解決しました。簡易トイレすら使う覚悟がないのにライフラインが止まっているところになんて取材になんて来てはいけません!(そんな報道者は一部だと思いますが)

 さらには、近くのコンビニには県外ナンバーの車であふれ返っています(コンビニは自家発電があるところもありますから)。ボランティアに来たのに、被災者の食料を減らして帰って行くなんて言語道断です!中には、人と合う度に「私は”ボランティア”で来ました!」と言って強調する人もいました。もちろん、そんな人は一部だと思いますが、実際に接する被災者にとっては、そんなの関係ないわけです。「助けたい!」という思いよりも「助けている自分」に思いが行ってしまう恐れがあるわけです。

 教会の宣教の働きは人と人とのつながりは非常に大きなものです。しかし、そんな時、助けている相手ではなく、助けている自分に目がいってしまわないように注意が必要です。助けている自分に目がいってしまうと、時に自己満足になり、本当に相手の必要を満たせないこともあります。しかし助けている相手に目を向けるならば、その人の必要を考えることができます。受け入れる時は受け入れ、時に悔い改めるべきことは悔い改めに導いていかなければなりません。宣教において相手の必要を考えるとは、自分が求めているものでもなく、また必ずしも相手が求めているものでもなく、客観的に見てその人に何が必要かを考えることです。

「兄弟たち。あなたがたに勧告します。気ままな者を戒め、小心な者を励まし、弱い者を助け、すべての人に対して寛容でありなさい。」Ⅰテサロニケ5章14節

 その人にとって何が必要かは一人ひとり違います。しかし、共通して必要なものは福音です。福音を知ってもらうために私たちに何ができるか考えていきたいです。

自分たちだけ祝福されればそれでいい?

 昨日、太平洋側で大きな地震があり、被害が広範囲にわたっています。特に東北や北関東の知り合いの方の無事を祈ると共に、これ以上被害が広がらないことを祈ります。

 昨日今日とテレビでは地震の報道一色です。それはそれで必要な情報なのでいいのですが、スマトラ沖地震の際、日本への津波の報道がさかんにされていたのを思い出し、今回も太平洋上が震源地なので、きっといろいろな国の太平洋沿岸にも津波があったのではないかと心配しました。

 しかしテレビでは全くその情報がありません。M8.8という大規模ですから他の国にまったく影響が無かったとは考えにくいですから、国内で手いっぱいで各国の情報が入手できなかったのかな?…と思っていると今朝の朝刊を見るとしっかりと津波の到達範囲が世界地図で載っていました。

 一昔前の○エロー○○キーというバンドのJ○Mという曲で「乗客に日本人はいませんでした!」という風刺をした歌詞を思い出します。国内の地震の状況を中心に行うのは当たり前なのですが、国外の状況を全く報道しないというのはちょっとバランスに欠いているなぁと個人的に思わされました。

 教会の宣教の働きの中で「宣教協力」という視点があります。そのような中、「自分たちの教会の宣教がままならないで何が宣教協力なのか!」という意見もあります。しかし、油断すると「自分たちの教会が祝福されていればそれでいいではないか!」となってしまいます。もっと酷くなると「なんで他の教会の為に人的・経済的負担をしなければならないのか!」と不平すら出てきます。

 本当にそれでいいのでしょうか?私はそうは思いません。近隣教会の祝福は自分たちの教会の祝福であり、同時に自分たちの教会の祝福は近隣教会の祝福でもあります。私たちが所属している教団は国内宣教で「点から線へ、線から面へ」とよく表現されます。宣教協力をなしたかたこそできる働きがあります。初代教会時代が「自分たちの教会さえよければいいではないか!」と思っていたなら、世界中の教会の多くは存在しません。

 もちろん宣教協力が大切だからといって自分たちの教会形成をいい加減にしたら意味がありませんが、どちらかしかできないなんてことはないと私は思っています。主がその教会に与えられた器の最大限をささげつつ両方の働きをなしていくべきではないでしょうか。

量より質の時代

 先月の話ですが、我が家のフィトがリコールになりまして、修理してきました。もちろん無料ですが。フィットは、販売台数が多いこともあり、リコール対象車が多いので「混雑する前に…」と思い、通知が来る前に近くのディーラーに連絡したところ、すぐに対応してくださいました。

 作業は30分ほどで終わる簡単な作業だったので、お店の中で待っていました。しかし、一昔前と明らかに違うなぁと思ったのは平日の昼間とはいえ、お客さんが全然来なかったということです。この現象は、たまたまこのお店だけ人気がないのではなく、自動車業界全体に言えることだと思います。現在、自動車ディーラーはあの手この手で必死です。昔はせいぜいお茶かコーヒーぐらいであったサービスも、飲み物がメニュー表に5、6種類ぐらい書いてあって、好きなものを出してくれたりします。

 もっと外に出ていってセールスすればいいと思う事でしょうが、現在は一部のメーカーのディーラーを除いては「待ち」が基本です。もちろん、広告やインターネット等の宣伝をしたり、そしてすでに利用している顧客に関してはその限りではありませんが、新規はほとんど「待ち」です。私は10数年前に少しだけ自動車ディーラーで働いたことがありますが、その時からすでに、そのような傾向でした。

 昔は、特別高収入でなくとも押せば買ってくれる人が結構いたのです。しかし、現在は欲しい車種をある程度調べてから購入意思をある程度もってお店を訪れる人が多いのです。その為、購入意思がない人に向かって外にセールスをしても、殆ど買ってくれる人がいません。だから、切り替えたわけです。外に出ていって「数打てば当たる作戦」ではなく「来て下さったお客様を大切にしよう作戦」が主流となっています。これも時代の流れというものです。

 この自動車業界の切り替え方は教会の伝道にも通じることがあります。昔は訪問やトラクト配布でも、結構、教会に足を運んで下さった方がいましたが、現在は非常に難しい状況です(これはこれで無駄とは思っていません)。地域によってはポスティングそのものができない所も増えています。事実、私の前の赴任地の周辺はNGでしたからね。これは一番は、戦後のキリスト教ブームが去って、人々のニーズが変わったことが原因ですが、もう一つは情報社会になり、車と一緒で、ある程度調べてから、教会に自らの意思で足を運ぶ人が増えているからです。

 その時代の流れを見誤ると伝道も立ち行かなくなります。続けるべきところは続けていきつつ(当教会もチラシ配布等はさせていただいております)、時代の流れを読みホームページ等の導入・充実に力を入れることも非常に大切です。そして、そのような中で、自らで調べて来て下さった方は、求めのある方ですから、教会が最善をもって迎え入れることが必要です。教会は販売店ではありませんから「数打てば当たる作戦」は行いつつ「来て下さった方を大切にしよう作戦」が主流となってくべきであると考えます。現に、新来会者の多くはホームページ等を一度は見て下さった方です。

 ただし、最終的には人と人とのつながりです。誰かが誰かを誘ってくるのが一番の宣教の方策であり、統計的にも個人的に誘ってきて信仰を持たれた方が圧倒的多数です。やはり、教会の証しとともに日々の私たちの信仰生活が主の栄光をあらわしていくように励んでいきたいと思わされます。
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☆ヤマちゃん☆

Author:☆ヤマちゃん☆
車・バイク好き牧師

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