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今どこに?

 今週は非常に天気が良く、暖かい日があったので、久しぶりにバイクに乗りました。バッテリー上がりを防ぐためにエンジンはたまにかけていたのですが、まともに乗ったのは久しぶりです。みんな考えることは一緒のようで結構、バイクに乗っている人を見かけました。

 さて、私のバイクは「スーパー・スポーツ」と言われる、スポーツタイプのものです。これらのバイクは、だいたい2速~5速までがクロスミッションになっています(バイクの多くは全部で6速です)。クロスミッションとは、シフトアップしても、回転数が落ち過ぎてパワーダウンしないようにギア比を近づけた構造のミッションのことです。つまり、シフトアップしてもあまり回転数が落ちないので、パワーバンドをキープしたまま走ることができます。逆にシフトダウンするときは、エンジンブレーキが急激にかかりすぎないというメリットがあります。そうですねぇ…ビルの各階の天井を低くして各階同士を近づけたら、階段での各階の上り下りに負担があまりかからないと想像していただければいいと思います。

 しかし、クロスミッションにもデメリットはありまして、まず変速が忙しくなります。まぁ、これはバイクは操る楽しみ故に乗る人が多いのでそんなに問題ないと思います。次にギア比を近づけるので、結果的に最高速が落ちます。ビルも各階が近づいていれば、高さが低くなるのと同様です。でもどうせ日本の公道は100キロ制限なので、たいした問題ではありません。

 そして、次のことが問題なのですが、ギア同士が近い為に、エンジン回転数にあまり差が無く、何速に入っているか分からなくなる時がたまにあります。バイクは車のMT車のシフトレバーとは違って、左足のシフトペダルを上げたり下げたりして変速しますので、見た目では何速に入っているかは分からないのです。その為、交差点で2速ぐらいまで落とすのに「あと何回下げればいいんだっけ?」と躊躇してしまったり、幹線道路などで、すでにトップギアの6速に入っているにも関わらず、もう一段上げようとして「幻の7速」を入れようとしてしまうことがあるのです(もちろん実際に7速になんて入りませんが)。ギア同士が近いことのメリットもあれば、近いがために周りが見えなくなってしまうこともあるということです。何速に入っているか見た目でわかる「シフトインジゲーター」が付いているバイクもたまにありますが、私は、非常に便利な装備ですべてのバイクに付ければいいのにと思っています。

 さて、無理やりな話題振りをしましょう。教会でお互いの信頼関係ゆえに、距離が近づき、親密な関係になることは麗しいことなのですが、近すぎるが故に、それ以外が見えなくなってしまわないように注意が必要です。それが限度が過ぎると「自分たちの今のメンバーの教会が最高だ!」となってしまい、宣教の情熱が失われたり、他教会との宣教協力がなかなかできなくなってしまったりします。たとえどんなに親しくとも、みんなで道を誤ってしまえば、その過ちに気付かないまま、主のみこころから逸れる教会となってしまうのです。

 教会の交わりとは、一般的な交わりとは違います。先ほどのシフトインジゲーターではないですが、親しき交わりの中でも、現在の自分たちが置かれている状況をいつも把握していく「客観的目線」も大切となっていきます。その客観的目線とはやはり「みことば」です。みことばにあって兄弟姉妹との親しき交わりが築かれるならば、たとえ方向性を誤りそうになっても気付くことができるのではないでしょうか。
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第一戒

 先日、ある講演会に行きまして、講師のY師より、十戒の第一戒について語っていただきました。「わたしのほかに、ほかの神々があってはならない」の「わたしのほかに」は「わたしの前に」ということであると述べられました。ということの意味は、信仰を捨てて、他のものを神とすることではなく、神をおそれながら、なおかつ目の前に他のものを置くことであると語られました。つまり「まことの神を捨てて」ということは問題外であるということです。

 本当にその通りだなぁと思わされます。この第一戒を「まことの神を捨てて」と理解してしまう人は意外に多いのではないでしょうか。そうなると礼拝を守れなくとも「心では神を信じています」と言うならば、第一戒は犯していないということになります。そして実際にそのように考えている人も多く、そうなると極端な話、教会の存在意義を失います。

 しかし、この第一戒を「神をおそれながら、なおかつ目の前に他のものを置くこと」と理解するならば、私たちの信仰は心で思っているだけのどっちつかずではなく、実生活の伴うべきものであることを教えられます。「心では神を信じています」といっても、その間に他の優先すべきものがあるならば、それは紛れもなく第一戒を犯したことのなるのです。

 もちろん、私たちはいつどんな時でも神を第一とするような完全な信仰なども持ってはいません。ここで大切なことは「できないから仕方ない!」とか、できないから「それは罪ではない!」と問題をすり替えることではなく、それが罪であることを「認めること」と、たとえ完全にはなりえなくとも、聖霊に拠り頼みつつ「望むこと」が大切なのではないでしょうか。

統一した基準を!

 来年度から高速料金が平日上限2000円の方向で決まりそうです。日本経済全体としていいのか悪いのかは判断できませんが、一個人として助かります。私は職業的に休日が平日ですし、会議等で県外に行くのも大体平日ですから、だいぶ助かるのです。しかも、今回の案は休日1000円を継続したままだということなので、国民にはわりと歓迎ムードです。あくまでもまだ「案」の段階ですが…

 この案の場合、軽自動車と二輪車が平日上限1000円になりますので、さらにお得です。我が家には軽自動車はありませんが、私がバイクに乗っているのでいい条件ではあります。そもそも、もともとの料金もそうなのですが、専有面積も少なく、排気量も小さくて排出ガスも少ない(昔のバイクは別です)二輪車が、軽自動車と同じ料金って納得がいかないんですよ。そもそも免許制度や高速料金、そして道路交通法や登録の区分がばらばらで統一されていないからややこしいんですよね。

 例えば125ccのバイクは免許的には「普通自動二輪(小型限定)」となります。しかし、登録は「原付(2種)」です。なので登録は国土交通省ではなく市町村です。任意保険も原付扱いで「ファミリーバイク特約」でカバーできます。しかしあくまでも免許は「自動二輪」なので、車の免許のオマケで運転できるのは50cc以下の原付一種のみです。そして道交法的には、自動二輪扱いなので道路交通法は原付1種の30km制限ではなく、道路標識通りになります(昔は50km制限だった)。2段階右折の必要もなく、二人乗りも可です。でも高速等の自動車専用道路は走れません。

 126cc以上のバイクは高速道路走行可ですが、これもまた登録が二つに分かれていまして、250cc以下を「軽二輪」といいまして車検が不要ですが、251cc以上になりますと「小型二輪」となって車検が義務付けられています。ちなみにバイクの場合は1000ccあろうとなぜか小型二輪で、それ以上の区分はありません。でも免許は250ccで分けられているのではなく、400ccで「普通二輪」と「大型二輪」に分かれています。このややこしさったらありません。このような、ばらばらの区分の為、400ccという排気量のバイクが微妙な位置にあります。昔は大型二輪の免許取得が難関だったので、400ccは中心的位置でしたが、今は大型二輪の免許を取るのが容易なので「どうせ車検あるんだったら大型乗るよ!」となってしまうわけです。免許制度、道交法、登録区分等、ある程度、統一させる方がややこしくなくていいと思うのです。

 このような問題は教会間にもあるのだと私は思います。特に「自由主義」と呼ばれ、聖書を自由に解釈する立場の教会は、その教会によって、みことばの捉え方が変わります。ある教会にとっては神のことばであるものが、別の教会では神話化されてしまったりします。極端な話、100の教会があれば、100パターンのキリストが出てきてしまいます。「個人の信仰の尊重」と言ってしまえばそれまでかもしれませんが、それは先ほどの話題と同様で、自らの立場によって勝手に基準を定めてしまうことになります。ある人にとって「神のことばだ!」というものが、別の人には「神話だ!」なるのでは、何が真実で何が偽りなのかが分からなくなってしまうのです。

 一方私たちの教会は、聖書はすべて誤りなき神のことばであると信じます。その基準に立つならば、真理以外のところで個性は分かれても、大きなところで違いは出てきません。同じ信仰に立てるということは教会間の宣教協力にもつながります。そのような「福音派」と呼ばれているような私たちの立場は時に「排他的」と言ってご批判を受けることも少なくありません。しかし、私たちは他を排除しようとしているのではなく、同じ神を見上げようとしているだけなのです。同じ神を見上げるのに、聖書解釈の立場が大きく違っては、同じ神にはならないのです。同じみことばの基準にたってこそ、初めてそこに真実の神の姿を見ることができるのではないでしょうか。

 余談ですが、高速料金バイク平日1000円は嬉しいのですが、ETC限定なんですよね。自動車は安ければ5千円とかで車載器を付けられますが、バイクは安くても2万円ぐらいします。しかもバイクは振動や防水の関係で、専用品を許可を受けたお店でしか取り付けることができず、自分で付けることは原則的に認められていません。しかも、私のバイクのようにフルカウルのバイクは取り付ける場所のスペースの関係でアンテナ分離式にしないとキツイのでさらに1万円ぐらい高いです…バイクの場合は現金支払いは、財布を取り出したりして手間がかかるのでバイクこそETCが便利なのですが…もうしばらく無理そうです。残念…
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☆ヤマちゃん☆

Author:☆ヤマちゃん☆
車・バイク好き牧師

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