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冬の燃費

 我が家のフィットの燃費ですが、街乗りだと、だいたい13~14km/ℓぐらいです(ウチのは4WDだから、FFだともっと伸びると思います)。そして高速道路の最高記録が17km/ℓぐらいで、幹線道路の長距離だと最高が21km/ℓです。これは4WDであることを考えると、優秀な燃費です。

 何故、高速道路での燃費が最高記録にならないかというと、コンパクトカーの多くは、街乗りをメインに考えて設計されているので、高速道路では、少しエンジン回転数を上げる必要があるからです。その為、街乗り程ではないにしても燃費があまり伸びないのです。そして、そんなにエンジン回転数を上げる必要が無くかつ一定速度で走れる長距離の幹線道路で最高燃費をたたき出すというわけです。コンパクトカーで最高燃費が高速道路だという人は、80kmとかでゆっくり走っているか、あるいは長距離の幹線道路にも関わらず、ブレーキを踏む回数が多くなり、一定速度であまり走っていないかであると思われます。

 そして冬場はやはり燃費が低下します。フィットも冬場の街乗りは11~12km/ℓぐらいに落ち込みます。何故、そうなるかというと多くの人は「暖気運転」と言うと思いますが、それは原因のほんの一部で、燃費低下の主たる原因ではありません。確かに冬場の暖気運転は夏場以上にエンジン回転を上げて、さらに時間もかかり、余計にガソリンを消費します。しかし、そんなものは運転する時の最初の時間だけであり、全体の燃料消費からすればほんのわずかなものです。「5分暖気して5分しか運転しない」とかを繰り返すと、さすがに大幅な燃費低下を招きますが、基本的に常識の範囲内での暖気運転ぐらいでは、燃費にさほど影響しません。少なくとも1~2km/ℓも目に見えて低下するなんてことはありません。

 では冬場の燃費低下の主たる原因は何かというと、それは気温と酸素密度に関係します。皆さんもご存じのように気体は気温が低いほど密度が増します。理科の実験でビニール袋に気体を入れて熱を加えると膨らむというような実験をした覚えはないでしょうか。酸素も同じで、冬場は、たとえ夏と同じだけの体積を取りこんでも多くの酸素が取りこまれます。そしてエンジン内で一緒に燃やすガソリンを同じ量のままにすると、たとえガソリンが燃えきっても、酸素が余って燃えきらない計算になりますから、一酸化炭素等の有害物質が増えてしまうわけです。そこで酸素とガソリンの混合割合を一定に保ち完全燃焼させるために、冬場は夏場よりも多くガソリンを噴射するわけです。これが冬場の燃費低下の主たる原因です。この仕事をインジェクションというコンピュータ制御の部品で行っています。

 「えっ?それって、よけい酸素とガソリンを燃やしているんだから冬は車のパワーが上がるのでは?」と思うことでしょうが…その通りです。自然吸気エンジンでは、体感できるほどの違いはわからないと思いますが、強制的に酸素を多く取り込むターボ車は、はっきり言ってだいぶ違います。実際に冬の方が調子がいいですし、逆に夏場で走りこんで、エンジンの熱が上がってくると明らかにパワーが落ちます。そもそもターボ車は排気ガスのエネルギーを利用していますからね。それを防ぐためにターボ車はだいたいの車がインタークーラーといって、エンジンに取り込む空気を冷やして酸素密度を上げるための装置が付いています。

 昔の車はコンピュータではなくキャブレ-タという機械でガソリンを取りこんでいたので、さほど気温によってガソリンの消費量が変わらず、冬場でもさほど燃費は低下しません(その代わり、今の車と違って、冬場は暖気運転に時間をかけなければ調子悪かったりしました)。しかし、冬場にガソリン消費が増えないということは不完全燃焼する割合が多くなるということなので、キャブレータ式の方が有害ガスは多くなります。手動で調整可能ですが、バイクならともかく、車でそこまでやる人は殆どいないでしょう。また冬場だけではなくその日や時間帯、場所、天候による大気の変化にも対応させ、適切な燃焼を行うにはインジェクションにした方が総合的には燃費は良くなるし排気ガスもクリーンです。キャブレータだとザックリとしか調整出来ませんので…ちなみに酸素の吸入量を気温によって微調整することはエンジンの構造的に難しいです。…というわけで冬場の燃費低下は防げませんが、環境問題からすると仕方がありません。不完全燃焼はエンジンにもあまりよくありませんしね。

 教会は時代とともにニーズが変化します。ともするとこのニーズの変化を「悪しきもの」のようにして教会が変わらずして集う人々に変化を求めたりします。先ほどの話でたとえるならエンジンの混合気の割合を調整出来ない酸素側での変化を求めるようなものです。特に若い世代がそのあおりを受けたりします。そんなことはガソリンをほんのちょっと濃くしたり薄くしたりすれば済む問題であるのに、そのことができずに、いつまでたっても「酸素が薄い!」とか「酸素が濃い!」とか行ってたりします。無理な変化を求めても問題は解決しません。

 エンジンでいうならば、その環境によって入り込んでくる濃度の違う酸素が未信者で、酸素濃度に応じて調整可能なガソリンが我々クリスチャンといったところでしょうか。エンジンで「燃費が悪くなるから…」といっていつまでたっても一酸化炭素を多く出し続けることよりも「多少燃費が悪くなってもそれでクリーンになるならば…」と言って調整するように、教会も、ほんの少しの変化を恐れずにこの社会にあって地の塩世の光として神の栄光をあらわしていくのが教会の使命ではないでしょうか。

 もちろんこれは教会が教会として立っていかなければ意味がありません。ガソリンエンジンの燃料を軽油にしても車は走りませんし、エンジンが壊れます。教会の根本(つまり聖書の土台)まで変化をする必要はないのです。
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問題の本質

 11月も半ばに入ろうとするこの頃、だんだん寒くなってきました。私個人としては、この雪国の新潟にあっては冬になるとバイクに乗れる日が激減しますので、乗るなら今の内といった感じでしょうか。それでも新潟市の冬は、昼間で晴れてさえいれば凍結することが少ないので「激減」で済むのはまだマシです。長野の冬なんかは「全く」乗れなくなりますからね。

 バイクに乗る人にとって、悩みの種の一つが「駐車場」の問題です。「えっ!バイクなんてどこでも止められるんじゃないの?」と思うかもしれませんが、決してそんなことはありません。駐車場の少ない地方郵便局などに行くのにはバイクは非常に便利です。でもそれも郊外での話であって、市街地で地下駐車場や立体駐車場しかないような所は、バイク用の駐輪場が無い所がほとんどです。そして全面が市街地のような都市部はバイクの駐車スペースの不足が深刻な問題になっています。

 私も今週、とある用事で○民○館に行く予定なのですが、調べるとやはりバイク用の駐車スペースがありませんし、先ほども言ったように自動車用駐車場のバイクの乗り入れがNGです(まぁ、それだったら車で行きますが…)。自転車用の駐輪場もスペース的には止められますが、道義的に止めにくいです。かといって道端とかその建物の敷地内に適当に止めると駐禁の切符を切られる可能性があります。自転車はそんなことないのに、たいして大きさの変わらないバイクは駐禁違反になるのは納得がいきません。せめて駐輪場にバイクの駐車可にするか、バイク専用の駐輪場をつくっていただきたいものです。

 そもそもバイクは車の数分の一の大きさですし、燃費も基本的に車よりも優れています。1000ccの大型バイクとかでもコンパクトカー並みの燃費です。だから非常にエコな乗り物だと思うのです。しかし市街地、そして都心では止めるスペースがないので、路駐や歩道に止めるしかありません。それを報道なんかでは「バイク!その迷惑駐車の現状!」なんて問題視して取り上げたりもします。「バイクで出かけると止める場所がない!」なんて現状はライダーをイジメているとしか思えません。

 では、何故バイクの駐輪場が少ないのでしょうか?一つはバイクの台数が車や自転車と比べて圧倒的に少ないということがあります。少数派のためにわざわざ経費とスペースをさきたくないということでしょう。そしてもう一つはバイクのイメージの悪さです。一部の不正改造車の行為がライダー全体として捉えられてしまっていることも否定できません。表現はあまりよくないですが、間接的な締め出しをされているといっても過言ではありません。そういう考え方は「飲酒運転する人は一部だけど、飲酒する人の免許取得を禁止しましょう!」とか「包丁で人を傷つける人がいるので、包丁販売を禁止しましょう!」とか言っているようなものです。

 今日の新聞の記事で、アメリカのある地域が子どもの肥満率が深刻だということで○クド○ルドのセットでおもちゃをつけるのを禁止する法案が可決されたというマンガみたいな記事が載っていました。それって買う側の親の問題では!?本質を見抜かないと本当の意味で問題は解決しません。バイクの違法駐車が多いのだったら、規制強化ではなく、駐輪スペースの不足をしっかりと考えることや、不正改造車が本当に全体的なものなのか、それとも一部であるのかしっかりと調査することなど、正確な情報や原因を考えなければ問題は解決しないのです。

 教会でもこれは大切なことです。よく「原因論はよくない!」と言われますが、私は、それは全部がそうではないと思います。本人がその原因を自覚している場合は別ですが、問題の性質によってはただ受け入れ一時しのぎをしたりするだけでは解決しない問題もあるのです。原因を探っていったら、その人の信仰的根本の問題であったり、家族の問題であったり、あるいは本人が気付かない中での病の問題であったりすることもあります。苦しい中でその場しのぎの問題解決を求めてしまう気持ちもわかります。しかし、それではいずれ問題が再浮上したり、別の形で問題が浮かび上がってきたりするのです。「その問題の本質は何か?」ということは大切なことではないかと私は思うのです。

「この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。」(ローマ人への手紙12章2節)

「排除」ではなく「見抜く」力を!

 ミニバンブームの火付け役となった「オデッセイ」、そしてコンパクトカーの火付け役となった「フィット」をこの世に送り出した本田技研工業は、現代の若者には「ファミリーカー」のメーカーという印象が強いかもしれませんが、もともと本田技研工業は、F1での実力が示すように「スポーツカー」がお得意のメーカーであり、さらに最初はオートバイメーカー(現在も販売していますが)であって「ファミリーカー」とは程遠いメーカーでした(私は昔の方針の方が好きでしたが…)。

 本田技研工業の創業者は言わずと知れた本田宗一郎氏ですが、あるバッシングを受けることになります。それは暴走族が全国各地で増え広がっていった頃「バイク三ない運動」という、高校生がバイクを「乗らない」「買わない」「(免許を)取らない」という運動が盛んになりました。私が高校生の頃も免許取得すら禁止でした。ちなみにこのような校則は法的に問題があります。特に公立の場合は、国が16歳で二輪免許取得を認めているのに、県立とはいえ同じ公的機関である学校が勝手に禁止するというのは、私から言わせればただの横暴です。「高校生は運転技術がまだ未熟です!」という言葉を学校関係者から実際に聞いたことがあります。???意味がわかりません!本当に16歳が未熟というのならば、国が制度を見直さなくてはなりません。でも「高校生は…」って!?他の16歳は違うとでもいうのでしょうか?

 そして「三ない運動」の結果、全国のPTA団体によってバイクメーカーに対する徹底的なバッシングが行われ、特に世界的なバイクメーカーであるという理由で、本田技研工業及び創業者である宗一郎氏に対するバッシングは「暴走族の親玉」と言われるほど壮絶なものでした。しかし宗一郎氏はこのバッシングに屈することなく「高校生から教育の名の下にバイクを取り上げるのではなく、バイクに乗る際のルールや危険性を十分に教えていくのが学校教育ではないのか」と訴え続けました。確かにその通りだと思います。彼らから免許やバイクを奪っても、バイクのルールや危険性を学ばなければ、無免許で盗難車を乗り回すことになるだけであり、現実もそうでした。

 現在は、一部の暴走族が猛威を奮った地域を除いてこの運動は無くなる方向ですが、今度は国の規制が厳しくなっていきます。そして世界一厳しいとも言われる日本の排気騒音規制が、今年度さらに規制強化されまして「加速騒音が84デシベル以下」となりました(2010年4月以降に登録された車両のみ)。今までは近接排気騒音(停車時にエンジン回転を上げた時の音量)が94デシベル以下となっていましたから、相当な規制強化です。近接排気騒音は94デシベルのままですが、当然のことながらバイクは(4輪もですが)加速して負荷がかかった時の方が音が大きくなりますから、近接排気騒音も相当な数値に下げる必要があります。

 「静かになるんだからいいじゃないか!」と思うでしょうが、バイクは自動車ほど排気量に余裕がありませんから、騒音規制は相当なパワーダウンに直結します。これは同様に世界一厳しいともいわれる日本の排ガス規制と相まって大変なことです。大型バイクは規制内に抑えても排気量に余裕がありますから、十分乗れますが、250cc等の小型バイクは大幅なパワーダウンです。私が乗っている20年前の250cc(45馬力)で高速道路を100km巡航するのはそんなに大変ではありませんが、現在の250cc(せいぜい30馬力前後)は、相当なストレスを感じることでしょう。

 「でも、爆音を轟かす車両が減ればいいのでは?」と思っている方も多いと思いますし、国の意図もそうだと思いますが、それは誤りです。一般的な基準で「何だ!あの爆音は!」と聞こえるようなマフラーの音は、殆どが規制前の基準でも、すでに数値を超えてしまう不正改造であると思っていいです。ちなみに音に敏感な人を基準にしたらキリがありませんので論議の対象外です(笑)。だって、電車の高架橋を通過するときの音量が約100デシベルですよ!なのに「何だ!あの爆音は!」と聞こえるようなマフラーが94デシベル以下だと思いますか?多くのライダーはたとえマフラー等を改造しても、ちゃんと規制内での改造です。規制を守らない人々をターゲットに規制をきちんと守っている人たちまで巻き込んで「悪い所だけ切除するのは難しいから、周りの部分も一緒に切除しましょう!」という改正の仕方に私は疑問を感じます。

 私たちは時に困難や危険と遭遇します。「そんなのなければいいのに…」と誰しも思うことでしょう。しかし、神様はそのようになさいませんでした。それは私たちが成長する為です。何もなければ確かに過ちを犯さないかもしれません。しかし神様に対しての思いもきっとなくなってしまうことでしょう。私たちは多くの困難を通し、神様への信頼を養っていくのです。また先程の本田宗一郎氏の場合もそうですが「正しくない!」といって邪魔なものを一つひとつ取り除いていっても、本質的に何が真実であるかを知らないと、また新たな偽りを生むことになります。100の不真実を覚えても101個目の不真実が出てくるだけです。しかし、たった一つの真理を知ることにより、すべての偽りを見抜く力を養う事ができます。やはり教会のたった一つの真理である「みことば」こそが教会の土台であることを思わされることです。
プロフィール

☆ヤマちゃん☆

Author:☆ヤマちゃん☆
車・バイク好き牧師

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