スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

その喜びのために…

 先日はバイブルキャンプの奉仕に行ってきました。奉仕はそれなりに大変で疲れる面もあるのですが、キャンパーの恵まれた姿や証しを聞いていると、そんなことはどうでもよくなってきます。キャンパーの決心を聞く瞬間が「キャンプの奉仕をやってよかったなぁ!」と一番思うのであります。

 今週は主イエス・キリストの十字架の御苦しみをおぼえる受難週です。主イエスが苦しまれたのは、私たちを罪から救うためでした。その苦しみを考えると、私のキャンプの大変さなんて足元にも及びません。でも、その足元にお及ばないささいな大変さであっても、キャンパーが決心すると「苦労してきてよかった!」と思わされるのであります。そうであるならば、ひとりの人が主の前に悔い改め福音を信じるならば、イエス様の喜びは比べ物にならないのではと思います。

 近年、個性が尊重される時代です。しかし、尊重されるあまり「自分さえよければいいや」となってしまう現実があることも否めません。もし、その考え方が教会に入り込んでしまったらどうなってしまうでしょうか。それは宣教の情熱が失われることを意味します。そして「自分の教会生活に満足があればそれでいいんじゃないの?」となってしまうかもしれません。ですが、本当にそれでいいのでしょうか?

 今回のキャンプの講師のO先生は、「イエス様を知っていることの素晴らしさ、福音の持っている力のすごさを、もっと、もっと知ってほしい!」と熱く語られました。本当にその通りです。私たちが本当の意味で福音の素晴らしさを知っているなら、それを伝えずにはいられないはずです!他の人がどうでもいいなんて思わないはずです!ひとりの人が信仰の決心をすることが、神の家族にとってどんなに喜ばしいことか知っているはずです!そして何よりも天において主イエス様が、その喜びの訪れを待っているはずなのです!私たちは福音の素晴らしさをいつも心に刻み、宣教の情熱を絶やすことのない教会であるべきではないでしょうか。


「あなたがたに言いますが、それと同じように、ひとりの罪人が悔い改めるなら、神の御使いたちに喜びがわき起こるのです。」(ルカの福音書15:10)
スポンサーサイト

「社会情勢」と「聖書」、どっちが大切?

 今週は、私が所属している教団の教団総会が行われました。多くの議題が審議されたわけですが、その中の一つに「女性教職の正教師按手の件」が審議されました。つまり、牧師である夫の妻が正教師となろうとする件です(単身牧会者は今までも按手を行っています)。結果から言いますと可決されたわけですが、それは一定の要件を満たしていることが条件でした。それは主に以下の4つです。

1.召しの確認
2.務めの十分性
3.教会における秩序の保持
4.夫婦の秩序の保持

※多くの教団がそうでありますが、教会における教職には「補教師」と「正教師」があり、「正教師」のみに聖礼典の執行(洗礼式と聖餐式)が許されています。

 詳しい審議内容は議事録がまだ公開されていませんのでここで言うことはできませんが、賛成と反対との両方の意見が出ました。確かに現代は「男女平等」という事が大切にされますので、賛否両論はあるでしょう。しかし、私は聖書の真理に立つべき牧会者として、神様は本当に男女平等に人を創造されているのだろうかという疑問を投げかけたいと思います。つまり「人権」は平等にあるべきですが「役割」においては、神様はそれぞれ違った役割を与えられているのではないでしょうか。例えば、本当に神様が男女に同じ役割を望んでおられるのであれば、男性も子どもを産めるはずです(あくまでも一つの例としてですが…)

 近年は女性のあらゆる分野での社会進出や、「主婦」ならぬ「主夫」が増えていたりもします。「草食系男子」や「肉食系女子」なるものも出てきて、30代半ばにさしかかろうとする私には、わからないものも多々あります。私はそのすべてが間違っているとは決して思いませんが、ある部分では、聖書の真理から逸れるような事柄もあるのは事実です。というわけで私は上記の3と4が条件に入っていることは賛成の立場です。教団によっては女性の正教師按手そのものを認めてないところもあるぐらいですからね。ちなみに誤解のないように言っておきますが、あくまでもこの論議は「夫婦」で正教師となろとする場合の論議です。

 また、1の「召しの確認」ということも大切な事柄ではないかと思うのです。これは男女問わず大切なことです。何故なら、教会における「正教師」とはただ単に「資格」ではありません。資格の要素はあるのですが、それは全体的意味合いの一部です。神学的話になりますが、正教師は「聖礼典の執行」ができます。それは「教会の牧会」と深く関わっています。つまり正教師の資格を取り、按手を受け送り出されるということは、その人が牧会に召されているかどうかということなのです。「取れる資格ならば取っておけばいいや!」という国家試験とは違いますし、ただ単に「フルタイムで働きたい!」という事ととも違います。他の意見もあろうことかと思いますが、私はそのように思っています。それを考えると私自身も神様から重要な役割を与えられたのだと身の引き締まる思いです。

 いずれにせよ今日の話のポイントは「社会情勢」や「一般常識」は大切にしつつも、それらは聖書の真理には絶対に勝らないということです。教団全体においても、教会単位においても、時代の移り変わりと共に変化していく部分はこれからもあるでしょう。しかし、みことばの真理は決して変わりません。どのような時代が来ようとも、みことばに立ったものでありたいとチャレンジを受けました。

見た目で判断

 まだまだ寒いですが、春が近づいてきたなぁと思うこの頃です。春になると私としては、バイクに乗りやすくなる季節になるのでありがたいです。今でも、晴れている日は乗ってますけどね。それに駐車場の少ない所に行くときは非常に便利なのです。燃費も低燃費車と言われるウチのフィットよりも全然いいです。

 バイクを走行するときは、基本は左寄りに走ります。何故ならば、道路は圧倒的に四輪車多いので、道路の形状に若干わだちのような感じになっているからです。つまり左右が凹んで、真中が盛り上がっているということです(若干ですけど)。だからバイクは凹んでいる左寄り(もしくは右寄り)を走っていることが多いのです。しかし、それはそれでたまに四輪車に勘違いされて「遅いから」端っこを走行していると思われるのです。そう思ってしまうドライバーは、バイクの前に車が走っているにも関わらず、追い越しをかけてきます。酷いドライバーは2車線でもないのに並走したりして危ないことこの上ないので、私はバックミラーで、そのような怪しい車を見かけたら、バビューンと加速して(もちろん常識的な速度の範囲内です)「別に遅くて端っこを走っているわけではないんだ!」と、お知らせするようにしてます。だって、片側1車線で、前にも車がいるのに追い越しや並走なんかされたら危ないじゃないですか!

 そもそも「バイクは遅い!」と勘違いしているドライバーの方々は、是非とも事故防止の為に無理な追い越しや並走などをするのをやめていただきたいと私は願います。まぁ、原付は別ですが…。ちなみに私の乗っているバイクは250ccですので、今の時代のバイクとすれば小型の部類ですが、それでも速さ的には2000ccターボか、3000ccクラスの四輪車に匹敵する速さです。私のようなメタボぎみではない人が乗ればそれ以上かもしれません。2ストエンジンなら、さらにもう2クラスぐらい上の四輪車に匹敵するでしょう。リッタークラスのバイクになると、もはやF1でも持ってこないと勝ち目はないでしょう。まぁ、そのクラスになると日本の公道だと意味のない比較かもしれませんが(笑)。つまり、一言で言うならば「見た目で判断してくれるな!」ということです。

MC19
←我が愛車CBR250Rです。20年前のバイクですが、規制が非常に厳しい最近のバイクと比べると1.5倍ぐらいの馬力があります!









 私たちが神様から与えられている賜物は一人ひとり差があれば、見た目で目立つものものもあれば、そうでないものもあります。時に、その「見た目」で教会を判断してしまうことはないでしょうか。内面の霊的な部分が、結果として目に見える形であらわされる場合もありますが、必ずしもそうではないのです。たとえば「あの教会は千人教会だからすばらしい!」と言うのは別にかまわないと思いますが、教会や牧師の本質を、表面的な部分「だけ」で判断すると「小さな教会はダメだ!」となってしまいます。しかし、そんなことは決してありません。もちろん、多くの人々が救われ、結果として群れの人数が増える事を願うべきですが、小さな群れであっても、霊的にすばらしい教会や牧師を私個人でもたくさん知っています。

 一人ひとりが教会の働きに参与する時もそうであります。その人の持っている能力が教会の働きをなしていく上で用いられていくことは素晴らしいことですが、一番大切なことは内面の信仰です。表面的に人を惹きつけるような魅力がその人にあっても、その人が神様に目がいかないと意味がありません。すばらしいお話しの才能があっても、本人が「人々が救われるために」という情熱がなければなりません。そして、どんなに大きな立派な教会堂が与えられても、その中で真の礼拝がささげられなければ、それはただの「建物」になってしまいます。目に見える部分での判断はノンクリスチャンにとって見れば、大きな影響を与えるのは事実だと思いますが、それが第一ではありません。私たちの内面が成長していくことによって、表面的な部分も、結果として自然にあらわれてくるのではないでしょうか。

それって本当に偶然?

 最近、某自動車メーカーの電子制御の欠陥があるのではないかという疑念が広まっています。ある女性の証言によると「車が勝手に160kmまで加速した。ニュートラルにならない。ブレーキが効かない。」というものでした。しかし少しだけ自動車の構造に詳しい私の見解からすると(専門家には及びませんが…)大いに疑問が残ります。(※ここからはあくまでも私個人の”推測”としてお読みください)

 まず、急加速の問題ですが、アクセルペダルの信号をスロットルバルブ(エンジン内に空気を送る量を調整しているパーツ)に伝える電子制御に不具合が生じ、スロットルバルブが開いたままの状態になったということです。さらにつっこみを入れるならば、160kmまで加速するほどのスロットル開度ならば、アクセル全開に近い状態なので、問題の車種の動力性能を考えると1分もしないうちに160kmに到達するはずですので電話をしている暇はないでしょうし、160km以上加速すると思われます…が、それは置いておきましょう(笑)。

 そしてニュートラルにならないということですが、普通のATであれば、DレンジとNレンジ間は機械的に作動しているので、あり得ないのですが、もしNレンジにしてもスピードが落ちなかったのであれば、電子制御であったかもしれません。そうなるとミッションを制御している系統にも不具合が生じたということになります。ちなみにバックギアに入らないというのは安全装置のためです。機械式であればバックになんか入れるのはプロレスラー並みの腕力がいると思いますが、電子制御であるならば、走行中にバックに入ると非常に危ないので、信号をキャンセルするか、停止してから切り替わる仕組みになってるのだと思います。なので、走行中にバックギアにならないのは正常です。

 そしてブレーキですが、基本は足で踏んだ力を油圧で伝えるという機械的な仕組みで、電子制御は、ブレーキの力を強めるという「補助的」なものです。アクセルONだと、ブレーキの力を強めるブースターの働きが弱まることはあると思いますが、今述べたように、基本は機械的な構造なので、ブレーキが「弱まる」ということはあっても、加速し続けるぐらいに効かなくなるということはありません。それが「弱い」のではなく「効かない」ということは、ABSの不具合により、ブレーキを解除し続けたということ以外は考えにくいでしょう。機械的な系統が故障したのであれば、修理しなければブレーキは効かないままのはずです。

 つまり証言によれば、これらの3つの不具合が同時に起きたということになります。しかも「停止」ではなく「暴走」する方向に故障しなければなりません。さらには、これらの装置には「フェイルセーフ」といって、万が一の時にもエンジンを停止させたり、ガソリンの供給をストップしたり等、安全な方向に働くような仕組みが、二重三重にも施されていますが、それらも故障したということになります。パニック状態であれば、正確な記憶がなくとも仕方がなかったという前提でお話ししますが、証言通りになる確率は天文学的数値です。それを欠陥というならば世界中の自動車が欠陥車ということになります。

 1人の人がクリスチャンとなる確率を考えてみましょう。例えば、この日本においては「偶然」クリスチャンの友達がいるというだけで珍しいことです。そして「偶然」その友人に誘われて、「偶然」日程が空いていて教会に集います。そして「偶然」自分にとって「ストライク」なメッセージを聞くことが出来たとします。これらがすべてうまく重なって、やっと「救い」にたどり着きます。「クリスチャンの友達なんていない」となるならば第一段階で終わりです。

 それを考えると1人の人がクリスチャンとなる確率は天文学的数値かもしれません。私はクリスチャンの両親のもとに生まれましたが、日本においては、その確率も相当に低いと思われます。しかし、クリスチャン人口の割合は天文学的数値並みに低いなんてことはありません。それは私たちが教会に導かれるのは偶然ではなく、神様の導きによるからではないでしょうか。偶然や自らの決断のみと思っている背後で神様が働いて下さっているのです。選ばれている恵みを感謝しつつ、歩んでいきたいものです。

「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。」(ヨハネの福音書15:16a)
プロフィール

☆ヤマちゃん☆

Author:☆ヤマちゃん☆
車・バイク好き牧師

カレンダー
02 | 2010/03 | 04
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
リンク
最新記事
カテゴリ
カウンター
検索フォーム
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。